第十五話



「にしても酷いじゃないですか。本気で死んだと思いましたよ」


翌日、レイピアは宿場の一室でベッドに腰掛けていた。
昨日の戦いでレイピア自身が怪我をしたわけではなく、包帯だらけで横になっているタイムの様子を見に来ていたのだ。
本人は平気だと言い張っていたが、包帯の回復能力を開花させ町医者となったライミが絶対安静と言い張り、結局タイムの方があっさり折れてしまった。
今では包帯がいかにもうっとおしいといった様子で退屈そうにしている。

「喰われたべインを助けるにはあれが一番手っ取り早かった」

「殺しかけましたよ」

「殺されかけたな」


数秒沈黙が流れる。
ブラデス皇帝が死んだというニュースは瞬く間に広がっていた。といっても、ガーゴイルが全て動かなくなったせいもあったのだが。
殺しの限りを尽くしたブラデスが死んだニュースが広まった途端、町中でお祭り騒ぎとなり、特にレジスタンスを率いていたべインはあっという間に英雄とされ、今はパレードの最前列に並んでいる。
といってもべイン本人も気が付いたら全て片が付いていたため、何がなんだかよくわからず、困惑した表情のままパレードに参列しているらしい。
レイピアがタイムと話し合った結果、ジルニクォーツのこともレイピアのことも全く伏せておくことになった。
皇帝の脅威がなくなったとはいえ、マルティネアコアを打ち破るほどの力をもつ石があると知れ渡れば混乱が起こりうるし、ジルニクォーツが使える人間が別に現れないとも限らない。
ちなみにブラデスの魔力によって生み出されたライミだが、今でも平然と動いているが何故動けるかはわかっていない。
しかしライミ本人はそのことは全く気にせずに町医者として仕事に精を出しているようだ。

扉を壊すほどの勢いで蹴り開けてスコーピウスが現れた。彼自身は前回と同様に気を失っていただけらしく、特に目立った外傷もない。
不機嫌な様子でベッドのそばに置いてあった椅子を引き寄せてドスンと座り、ポケットからリンゴを取り出してタイムの方にずいっと押し付けた。


「見舞い」


タイムは低い声で答えてリンゴを皮もむかずにかじり始め、スコーピウスはその様子をじっと見ていたが、痺れを切らしたように突然話し始めた。


「気が付いたら全部終わってるってどういうことだよ! せめてもう少しお楽しみを取っといてくれてもよかったじゃないか!!」

「調子に乗るからだろ」

「相変わらずですね」


また沈黙が流れる。タイムのリンゴを食べるシャクシャクという音だけが部屋に空しく響いた。


「いい加減もういいでしょ。二人の正体、教えてくれませんか」


沈黙を破ってレイピアは二人に尋ね、タイムがリンゴを食べるのを止める。
昨日、タイムをこの町の医者に診せてからずっとこの疑問だけが頭の中をぐるぐるとまわっていた。
レジスタンスでも知りえなかったジルニクォーツやマルティネアコアの情報は、旅人であるということである程度は説明はつくが、ブラデスたちのことを知らなかったという矛盾はどうやっても説明できない。
二人が目を数秒見合わせた(スコーピウスの目はよくわからなかったが多分そうだ)後、スコーピウスがレイピアの方に向いて話はじめ、タイムはそれを聞きながら窓の外に目をやった。


「俺たちの目的は世界の救済とか、そんなんじゃねぇ。こいつだよ」


そういって取り出してベッドの上にごろごろと乗せたのは、真っ二つになったマルティネアコアだった。


「もうこいつに不老不死を与えるほどの力は残っちゃいねぇが、まだある程度の力はある。また面倒な奴に渡る前にとっとと回収しに来たってこった。
 んでもってこれともう一つ、回収しねぇとならねぇやつがあるんだが……」


スコーピウスのゴーグルがゆっくりとポケットの方に動いていくのが分かった。だがゴーグルはすぐにレイピアの顔の方向に戻り、スコーピウスはどうしたもんかという様子で頭をがしがしと掻きはじめる。


「信じられない話かもしれんが、俺たちもその二つの石も元々この世界のものじゃない」


窓の方を向いたままタイムが唐突に話し始めた。


「あれらがこの世界をつくるきっかけになったにしろ、本来この世界に存在しないものだからいい影響を与えない。
 俺たちはそれを回収するために別の世界からやってきた異世界人だ」


レイピアは数秒脳ミソが機能しなかったような気がした。
口がぽかんと開いていることに気付いてあわてて閉じた後、もう一度言われたことを理解しようと顔をしかめてはみたが、やはりよくわからなかった。
とりあえず言葉をそのまま鵜呑みにして真っ先に出てきた疑問をぶつけてみることにしてみた。


「あの、二人が異世界からやってきたとして、そもそもどうやって来たんですか?」

むかーしむかしあるところにとっても大きくて不思議な木がありました


レイピアが質問したと同時にスコーピウスが小さな子供に読み聞かせるような様子で突然語り始めた。




大きな木はとても不思議な力を持っていましたが一人ぼっちでした
大きな木は一人ぼっちであることを悲しんでにんげんを作り出しました
しかしにんげんはにんげん同士で仲良くなり、木はとても崇められましたが仲良くはなれませんでした
そこで木はこう思ったのです「自分と同じ木がいれば寂しくない」と
木は早速種をつくり仲間を増やそうとしました
しかしにんげんがその種にも宿っていた不思議な力に興味を持ってしまいました
その力を使って世界を支配しようとするにんげんと、木への冒涜だと言ってそれを止めようとするにんげんの間で大きな争いが起こったのです
争いの末にその種は粉々に砕け散っていろんな世界に飛び散り、その衝撃で木の世界はにんげんもろとも滅びてしまいました
滅びた世界で木は種をつくってしまったことを後悔して、粉々に砕け散った種のカケラを集める旅に出たのでした




「とまぁ、こんな感じかねぇ」


スコーピウスがそこまで語ってタイムに確認するように首を向けると、タイムは窓から目を戻してレイピアの方へ顔を向ける。


「俺たちは木に頼まれて色々な世界を巡り種のカケラを集める旅をしてる。
 散らばったカケラをそのままにすると木の世界みたいに滅亡しないとも限らないからだ」

「つっても俺は完全に面白半分で一緒にいるだけなんだけどな。この旅してると退屈しねぇから」


スコーピウスが茶化すように言ったが二人は無視した。


「じゃあ、ブラデスがコアを手に入れる前に回収できなかったんですか?」

「俺たちがこの世界についたのはレイピアに会う前日だ。どう頑張っても無理だろ」

「タイミングを狙って来れないってことなんですか?」

「世界を渡るときは全部木に任せてるから木次第だな」

「僕も一緒に行っちゃダメですか?」


意識するよりも先に言葉が口を突いて出てきたため、言った後になって自分でも驚くレイピア。
でも言ってしまった後で、なんとなくだがずっとこうしたかったような気持ちも心のどこかにあったことに気が付く。
確かに今まで怖かったし逃げ出したくもなったけど、この人達と一緒に居るのは畑の野菜の手入れをするよりずっと楽しかったのだ。
あまり表情が変わらないタイムの目が丸くなっているのを見て一瞬吹き出しそうになり、慌てて横を向くとスコーピウスがわかってましたとばかりにドヤ顔をしていた。


「やっぱそう来るだろうと思った。おめぇは俺と似たような感じがしてたんだよなぁ、レイピア」

「変人と一緒にされても困るんですけど」


この一言にスコーピウスはかなり傷ついたらしく、椅子からガタンとひっくり返って悶絶していたがやはり二人は無視した。


「まぁ本人がそう言ってんなら別にいいけど」


しばらく呆然とした後、大きなため息をついたタイムの口から出てきた言葉。


「そうなりゃジルニクォーツを肌身離すんじゃねぇよ、後でおめぇにぴったりのやつ作ってやるからさ」


思ったよりも早く立ち直ったスコーピウスがケタケタ笑いながら椅子から腰を上げ、宿屋のドアを拍子をつけて叩く。
するとドアの隙間から黄緑色の淡い光が射したと思ったら、パッと開く。
その先には宿屋の廊下ではなくタイムと出会ったあの木でできた薄暗い廊下が続いていた。
邪魔だというようにタイムがばらばらと包帯を取り外し、怪我をしていたことが嘘のように何もなかい肌で、ベッド脇の小机に宿代と治療費を置いてドアの中に入っていく。
スコーピウスがそのあとに続いてドアに入っていき、レイピアも数秒躊躇した後彼らの後に続いてその扉の中に入る。


扉をくぐったとき、あの時に会った緑のコートの子供が、タイムの横からレイピアに向けてにっこりと笑っていたような気がした。






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