第五話


タイムが入ってきた洞窟の入り口の方から、鐘の音がどんどん大きくなっていく。
それと比例するように、悲鳴と武器をぶつけるような金属音も聞こえてきた。
間もなく武装した人が一人、汗だくで真っ青な顔をしてこちら側に飛びこんできた。
ぜいぜいと息切れしながらも、必死にベインさんのほうを向いて、途切れ途切れ報告し始める。


「なんでここがわかったんだ、それに相手の数が多すぎるぞ。一旦体勢を立て直さなければ」


報告を受けたベインは、周りにいた人々に指示を出し、バタバタと周りが慌しくなってきた。
そしてレイピアとタイムの方に、ついて来いと合図する。
タイムにさっと肩に手を置かれ、少し引きずられるようにしてベインの後に続き、他の何名かの人たちと一緒に洞窟の奥の方へと進んで行く。


「敵の目的はおそらくジルニクォーツだ。運がよければ俺たちも叩き潰そうという算段だろう」

「勝てる見込みは?」

「正直報告だけの数だと、勝算はない」


早足で奥へと進みながら、早口で話すベインとタイム。
ベインの様子から、今の事態がかなり切羽詰ったものだということが伺えた。


「我々はついこの間、半数以下にまで叩きのめされたばかりだ。
 戦士達の回復のために、この洞窟に潜伏していたんだが、ここまでこられるともう後がない。
 ガーゴイル1体でさえ戦士が数人必要なのに、それが報告では100体近くも来ているらしい」


かつてないガーゴイルの数に、レイピアはただ愕然とする。
タイムはというと、レイピアを引っ張りながらただベインの話を黙って聞く。
後ろのほうからの雑音がだんだん大きくなっていることから、敵がかなりの速さで近づいきていることは理解できた。


「だが、我々にはジルニクォーツがあるんだ。いざとなればそれで何とかできるかもしれない」

「さっき見た限り、レイピアにはそれの使い方がわかってないように見えたが」


それでもなんとかするしかないと、ベインはレイピアを見ながら言う。
そんな期待をされても、使うどころか戦うことすら知らないレイピアからすれば、無茶振りもいい所だった。

間もなくして、広い場所に出る。
鍾乳洞が広がり、小さめの湖もある。そして、その先にある道は枝分かれしたかのように無数に存在している。
こんなところを直感で進んできたのだろうか。レイピアはタイムをチラリと見て、確かに勘がよさそうな事を実感する。
ベインはそこで足を止め、振り向いて唐突に話し始めた。


「ここで一旦、ガーゴイルどもを迎え撃つ。怪我人を外へ逃がすだけの時間を稼ぐんだ」

「どれぐらいの時間を稼げばいいんだ」

「5分。それ以上は恐らく無理だろう、相手の数が数だ。
 逃がした後は洞窟内で上手く巻いて逃げる。
 これだけ道が入り組んでいれば、相手が迷えばかなり時間が稼げるはずだ。
 だから逃げる時はできるだけ相手を撹乱させるといい」


少し考えた後ベインはそう告げる。
雑音はどんどん近づいてきた。ベインはレイピアとタイムになるべく近くにいるようにと告げ、両手剣を抜いてゆっくりと構える。
それにならう様に周りの人達も武器を構え、タイムとレイピアもベインの後ろに下がった。

しかし何かがおかしい。
ガーゴイル特有の岩のぶつかる様な音もしなければ、武装集団の悲鳴も、武器の音も鐘の音も聞こえない。
ベインはこのときタイムの言葉を一つ忘れていた。


ガーゴイルと一緒に、タイムが見たときに理解できなかったものが、こちらに近づいてきていたことに。


それを見た瞬間、レイピアは恐怖からすくみ上がって悲鳴を上げる。
洞窟の入り口から現れたのは、つい先ほどまで戦っていた武装集団の、変わりきった姿だった。
血を流し、光のない目でぼうっと相手を見据え、ただ手をまえにだらんと垂れ下げてこちらに向かってきていた。


「まずい! あいつらよりにもよってゾンビまで連れて来てやがる!!」



ゾンビ

黒魔法によって命令を確実に実行するようになった屍。
既に死んだ人間を人形のように操る。
そして、ゾンビによって殺された人間も、ゾンビと化してしまう。


後ろからわらわらと、武装集団とは違う姿をしたゾンビが押し寄せてきた。
おそらく彼らたちの手によって、武装集団はゾンビと化してしまったのだろう。
そしてまた、岩のぶつかる様な音がゾンビの後ろからしてきていることから、ガーゴイルもまたこちらに向かってきていることがわかった。


「クソッ! ガーゴイルだけならまだしも、ゾンビも一緒だとなると足止めすら出来ない!!」


急いで他の人たちに退却しろと指示を出すベインだが、ゾンビとなった仲間を目の当たりにした彼らはもはやパニックに陥り、我先にと出口に向かって一直線に走り始めていた。
ゾンビたちはそんな彼らを捕らえ、飲み込み、そしてまた数を増やしていく。
何とかしようと武器で迎え撃つベイン。彼の剣の一振りによって、一気に7、8人ほどのゾンビが倒されていく。その動きからは疲れているとはとても思えない。
しかし、倒しても倒しても何事もなかったかのように起き上がり、虚ろな目で手を伸ばして、飲み込もうと近づいてくる。
気が付けば出口までの道までふさがれ、数人の男とベイン、タイム、レイピアは、あっという間にゾンビと入り口から現れはじめたガーゴイルたちによって囲まれてしまった。

ここまでかと、半ば諦めてしまった男達とベイン。
泣きじゃくり、タイムにしがみつくレイピア。
だが、タイムは洞窟の上の方から、音が段々と大きく、近づいてきているのを聞いて、フッと笑った。


あいつが喜びそうな状況じゃねぇか


大爆発とともに洞窟の天井の一部が吹っ飛び、あたりに爆風と煙が舞い上がった。
悲鳴を上げ、地面に伏せるベイン達とレイピア。
ガラガラと瓦礫が崩れ落ち、周りにいたゾンビたちはあっという間に押し潰される。


そして、太陽光を背に、一人の男が現れた。


真っ白な白衣に、大きなゴーグルをした、危険な香りを漂わせた男は、太陽光に怯え慌てふためくゾンビたちを見ると、ゴーグル越しでもわかるような輝く笑顔を見せた。




「イーッヒヒヒヒヒヒヒィッ!! 天才マッドサイエンティスト、スコーピウス様、参上!!」









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