第七話


ベインに呼ばれて、洞窟の奥へと集まる中、レイピアは近くの岩に腰掛け、タイムに言われた言葉を考える。
一体自分に何が出来るのだろう。ジルニクォーツを持ってはいるけど、使い方すら分からない。タイムは結局知らないと言って使い方をレイピアに教えなかったのだ。
かといって、自力で戦える程強くなるために何かしようにしても、いつ敵が攻めてくるか分からない今となっては時間がなかった。

ポケットに手を突っ込んで、ジルニクォーツを取り出し、掲げてみるときらきらと輝いた。
どうして僕にしかジルニクォーツを持つことが出来なかったんだろう。
使い方も、戦い方も分からないような僕が持ってて、何の意味があるんだろう。皇帝を倒せるほどの力を持っていても、これでは宝の持ち腐れに他ならない。

ふと、ジルニクォーツが光ったような気がした。
慌ててじっくり確認しようとしたが、滑って地面に頭を打ってしまう。頭を抱えながらもう一度見てみるが、特に何も変わった様子はない。
今のは何かの見間違いだろうか、試すように振ってみるが何もおこらない。今までと同じようにきらきらと輝いているだけだった。
目の錯覚かと少しガッカリするレイピア。遠くにいるベインに呼ばれ、仕方なくジルニクォーツをポケットにしまい、彼らのところへ急いだ。

怪我人はレイピアの予想以上に多かった。
起き上がれるものはなるべく起き上がっていたが、瀕死の重症の数人は、奥に作られた簡易ベッドに寝かされている。
皆ベインの現状説明を聞いた後、一応武装をし始めたものの、不安そうに顔を見合わせていた。
タイムとスコーピウスは、既にベインの所に集まっている。
ベインは、レイピアがきたことを確認した後、おもむろに話しかける。


「小僧はジルニクォーツを持ってるし、お前達二人もさっきの様子から相当強いと見える。出来れば手を貸してもらえないか」

「今の僕で役に立てるのなら……」不安そうな顔で答えるレイピア。

「ま、居させてもらってる分それは構わない」と、タイム。

「よっしゃぁ! もういっちょスリリングタイム来た!」


そう叫んでガッツポーズをするスコーピウスを、タイムは無表情でスパンと殴る。
面食らうレイピアとベインを無視し、今度は怪我人もいるから、ある程度考慮しろとタイムに説教され、スコーピウスは少しつまらなそうな顔をする。
二人ともごくごく当たり前の会話をしている様子から、どうやらこの程度のことは日常茶飯事らしい。


その時遠くから爆発音が起こった。


「きたか」


音のした方向へ真っ先に走り出すベイン。他の数人の男達とともにタイムたちもそれに続く。
しばらく走ると洞窟の外に出て、その先に二人の人影が見えた。
一人は赤い皮膚に黒い模様が埋めつくし、赤黒い着古したローブを着た男で、頭には角が生えたおり、まるで鬼のようだ。
もう一人は、上から下まで真っ黒なローブを着て、顔さえも見えなかった。しかし身長の高さから、多分男だろうと考えるレイピア。
ベイン達はいつでも動き出せるよう武器を構え、じっと二人の男を見つめる。しかし赤黒い男が片手を挙げて声をかけてきた。


「まぁ待て。ちょっとした交渉をしに来た」

「交渉だと?」

「簡単さ、ジルニクォーツを渡せばいい。そうすれば俺たちは即退散するさ」


じろりとベインたちを見渡し、見下したような顔をする。
一方ベインは嘲笑って男に言い返した。


「何を言い出すかと思えば。たった二人でなにができる?」

「あまり侮らない方がいい。このプレーズの名ぐらい、聞いたことがあるだろう?」


その言葉を聴いた途端、ベインの表情が一変した。
目にも止まらぬ速さで剣を抜き、周りの制止する声も聞かずに、プレーズと名乗った男に向かって一直線に飛び掛かる。
しかしプレーズに剣が振り下ろされるよりも早く、黒のローブを着た人物に片手で静止される。
片手で重い一撃をやすやすと止められ、ベインは目を見開く。
ローブの人物が手を捻って剣を横に押し返すと、体格の大きいベインでさえ勢いに負けて、そのまま数歩剣に振り回されながら後退してしまう。


「なるほど、この二人だけでガーゴイルの軍よりもずっと力があるというわけか」


数歩下がって剣を構え、激しい表情で二人をじっと睨みつけるベイン。
プレーズはベインを面白そうな表情で見た後、周りをぐるりと見渡し、レイピアを見かけると笑顔を向ける。
その笑顔は、喜びや嬉しさとは違った、誰もが震え上がるような、狂気に近い笑顔だった。
レイピアもプレーズと目が合ったことで震え上がる。子供を殺すことが一番好きだという話を耳にしたことがあったからだ。
しかし首を振り、血が出るかと思うほど拳を強く握って、必死で恐怖を掻き消す。
怖いと思ってただ呆然としていては、また足手まといになるだけだろう。
そう思って必死になっているレイピアに、タイムは男の方をじっと見つめたまま、無関心に小声で話しかけた。


「レイピア、あの男の事知ってるか?」

「え。だって、皇帝の右腕で、虐殺好きなんですよ? 知らない人のほうが多いはずですけど」


ふーんと物珍しそうな顔をするタイムに、レイピアは怪訝な顔を向けた。
旅人なら、皇帝やプレーズについての噂話くらい、行く先々で山ほど聞いているはずなのに。


「さてさて、俺達の実力が分かったんなら、出し惜しみしてないでさっさとジルニクォーツを渡せと言っている。
 断った場合は、そこの洞窟の中に潜んでいるお仲間ごと皆殺しだ。それはそれで面白そうだが、俺としてはジルニクォーツを破壊する方が重要なんでね」

「そんなにそいつが大切か、やはりジルニクォーツにはコアを破壊できる話は本当だっててことか。だったら余計渡すわけにはいかないな」

「なら、交渉は決裂か」


鼻で笑い言い返してきたベインに、プレーズは顔をしかめる。

その途端、ローブの男右腕を上げると、袖から無数の細長い白い何かがベインに襲い掛かった。
ベインは咄嗟に左に重心を移動させ回避行動をとるが、数が多かったため避けきれず右腕にかすり傷を負う。
そのまま地面に手をついて空中で回転し、少し離れて体勢を立て直して、警戒するような表情で男を見つめる。
ローブの男は白いものを勢いよく袖にしまいこみ、ベインは両手剣を構え直した。
互いに睨み合いながら、ゆっくりと相手の様子を探るように歩き始める。

そしてベインが一気に駆け出し、男に剣を振り下ろす。
男はそれを避けもせず、剣は男の斜めに切り裂き、ローブが引き裂かれた。

ローブの下にあったのは、全身を古いボロボロの包帯でぐるぐる巻きにした、痩せ細った男の姿。
ベインの斬撃で一番手前の包帯は少し切れてはいたものの、その下にもまた包帯があり、男には傷一つついていなかった。
包帯男は、懐に入ってきたベインに両手をぐっと差し出す。すると両手に巻きついていた包帯がまたベインに蛇のように襲い掛かる。
避けるだけの距離もなく、両手剣の大振りによって大きな隙が出来ていたベインは、包帯男の攻撃をまともに食らう。
包帯の勢いで後ろに約5m程も一気に吹っ飛ばされる。包帯は、ベインたちの予想に反して鋼鉄のように固かったのだ。
ある程度剣で防げはしたものの、わき腹と右足首に大怪我を負い、左肩は包帯が貫通してしまっていた。
苦痛に顔を歪めて荒い息をするベインだが、それでも倒れまいと足を踏ん張るだけの気力を保つ。


「ベインさん!」

「実験段階のミイラだが、中々使えるだろう?」


咄嗟に叫んだレイピアに、大きく笑いながら説明するように話すプレーズ。
一方ミイラはレイピアの声に反応し、ぐるりと顔をそちらに向けた。そして背中の方からまた別の包帯でレイピア達を狙う。
タイムは咄嗟にレイピアと(攻撃を全身で受け止めようとしていた)スコーピウスを押し倒して攻撃を回避するが、後ろにいた男達はそれほどすばやく避けることが出来なかった。

声にならない悲鳴をあげる。男達の顔を、全身を、包帯は釘刺しにしていった。
包帯はそのまま男達から引き抜かれ、大量の血が体から溢れて男達は倒れ、ピクリとも動かない。


「こいつは助からねーなぁ……」

「あぁ、これは流石に俺でも死ぬか」


真っ二つになった男達の頭部。そこからぐちゃりと中身が滴り落ち、血はあっという間に足元に広がっていった。
恐怖の表情で血を見つめるレイピアを他所に、タイムとスコーピウスが男を見つめて話す。
僕が叫んだからこの人達は殺されたんだ。叫ばなければミイラもこちらを向くことはなく、攻撃が来ることもなかった。男達が死ぬこともないはずだったのに。
それになぜタイムもスコーピウスもこんなになった人達を見て、普通に話せるんだろう。彼らがそれだけの経験を持っているということなのだろうか。


「あぶねっ」


タイムが血を見ながら考え事をしていたレイピアを抱えて飛び上がる。3mも飛び上がった時、レイピアがいたちょうどその場所に突き刺さる包帯。
しかし今度は飛び上がったタイムたちに向かって包帯が飛んでくる。最初から逃げ場のない空中に追い込むことを狙っていたように。
レイピアを抱えている片手を放して銃を取り出そうとするが、間に合わない。きっちりとしまい込んでいた事を今更後悔するタイム。
頭に包帯からの攻撃をまともに受けたタイムは、そのまま地面にぐしゃりと落下した。それでもレイピアに怪我の無いよう自分を下にしたまま。


「タっタイムさん!」


レイピアが起き上がって必死に呼びかける。かすかに動いたものの、頭からの出血が激しく、片手で傷口を押さえているのが精一杯のようだ。
スコーピウスが二人の前に駆けつけ魔法陣を出す。包帯が当たるギリギリで止めようとしたが、魔法陣はガラスのように砕け散って、スコーピウスもまた包帯に吹っ飛ばされる。
ベインも剣を片手で回転させて、肩を貫いていた包帯を切り離して距離をとろうと後退する。しかしミイラもそれに反応して、レイピア達を狙っていた分の包帯もまとめてベインに襲い掛かった。


やあああぁぁぁめえええぇぇぇろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!


そうすればどうにかなるなんて思ったわけではなかった。ただ、これ以上血が見たくないと無我夢中に。
レイピアは無謀にミイラに向かって叫びながら飛び出し、力の限りぶつかり、地面にひっくり返る。
ベインに攻撃を集中させていたため、包帯が飛んでくることはなかったが、ミイラはレイピアがぶつかったところで何も感じないかのように無反応だった。

しかしベインに包帯の攻撃が届くことはなかった。
レイピアが起き上がっている間もミイラは全く動かず、完全に静止しまま。

ポケットに入れていたジルニクォーツから、布越しに熱を帯びたような暖かさがレイピアに伝わる。

そして、静止していたミイラがピクリと動いた。



……私は、なにをしていた?









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