第二話
レイピアは助けてもらったぼさぼさ髪の人が扉から消えようとしているところを慌てて追いかける。
先程の廊下のようなところとは真逆で一つの窓もなく、無理矢理空間を開いて作ったかのようにでこぼこした入り組んだ通路。
丸い形をした見たこともないようなものから放たれる黄色い明りがうっすらと照らしている程度で、ここで迷ったらきっと出られないだろうと確信する。
そんな通路の角でさっきのぼさぼさ髪の人が見当たらなくなり一瞬焦ったが、曲がったところであのぼさぼさ髪の一部が見えた。
髪が曲がり角で消える前に走り追いかけ、後ろに追い付いたところでそばの扉を開き、その中に入っていく。
通路が続くと思ったがそこは通路と同じような構造をした部屋で、こちらにも同じような黄色い明かりがあるが通路よりもずっと広かったため隅の方は闇に包まれている。
どうやら倉庫として使われているらしく、たくさんの木箱が積み上げられ、よくわからないものがゴチャゴチャと置かれていた。
そしてレイピアが入ってきた時、ぼさぼさ髪の人はそんな木箱の一つの中身をガサガサと探っているところだった。
「確かここらへんに・・・・・・あー、あったあった」
箱のかなり奥深くにあったらしく、強引に引っ張り出したため箱の中からガチャガチャと小物がぶつかる音がした。
ぼさぼさ髪の人がその場に座り込んで木箱から取り出したものの埃を払う。
しばらく使ってなかったらしく、大量の埃にぼさぼさ髪の人は少し咳き込んだが、銀色の楕円形をしたカードみたいなものを太ももあたりにあるポシェットのようなものにしまいこむ。
そして振り向くとレイピアがじっと見つめていたため、驚いたのかビクッとして後ろに下がった。
「あ、えーと」
「レ、レイピアです」
「あーうん、レイピア。お前帰らなくていいのか?」
「えっと」
簡単に自己紹介をした後、返ってきた質問の返答に困り口をつぐむ。正直言えば、家に帰りたいのと、帰りたくないので半々の気持ちだった。
畑仕事しかしたことがないレイピアは、殺戮だけを繰り返してきた凶暴なガーゴイルに追われるような怖い思いは今までしたことがなかった。
なんとか助かった今でさえ、さっきのことが夢であったようで、できれば今すぐ帰ってゆっくり休みたい。
しかし帰る途中でまたさっきのようにガーゴイルに襲われないとも限らない。
「うーん、別にここにいるのは構わないけど」
「本当!?」
しばらく無言で俯いていると、仕方がないというようなため息とともに出てきた言葉にホッとして思わず声が大きくなった。
だがぼさぼさ髪の人はどうしたものかと首を傾けているようで、また手を無意識に頭に伸ばして髪をぼさぼさにする。
そしてしばらく考え込んでいるのを黙って見つめた後、思い切ったように話した。
「でも俺今からちょっと人探しに出かけないといけないんだが」
「人探し?」
「あー、ここに一緒にいたやつがいなくなっててなぁ」
「えっ、まさかさっきのガーゴイルに!?」
もしそうならあのガーゴイルをここまで運んできた僕のせいかもしれない。そう考えた途端頭から血が引いていくような感覚に襲われる。
しかしぼさぼさ髪の人はそれはないとばかりにいやいやと手を振った。
「あいつは探索目当てで自分から出て行ったんだろうよ。面白い物好きでなぁ、とんだトラブルメーカーだよ。
でも放っておいたらなにしでかすかわからん。だから早めに連れ戻さないといけないんだ。」
そう言ってぼさぼさ髪の人ははぁとため息をつき、一応持っていくかと側に立てかけてあった刀を取って腰に取りつける。
そしてスタスタと扉の方まで歩き、ドアノブに手をかけたところで思い出したようにレイピアの方に首だけ振り向いた。
「で、レイピアお前どうする?ここにいても別に問題はないと思うが」
「つ、連れてってください!」
もし一人でいるときにガーゴイルに襲われれば今度こそ殺される。
咄嗟にそう思ったレイピアは必死になってまたぼさぼさ髪の人の足にしがみつく。
反対の足が下がることはもうなかったが、やはり動揺してるのか、しがみついたとき一瞬だけピクリと動いた。
「わかったわかった、つれてくから足離してくれ・・・・・・」
はっとして足から飛びのき、自己嫌悪に陥る。いくら怖いからって人の足に飛びつくなんて、なんて情けないんだ。
それを見ていたぼさぼさ髪の人はやれやれと首を振り、ドアを開いて先に進み始めたので慌ててついていく。
先程の大きな窓がある廊下にまで戻ると、壊れた窓から入ってくるつんとした海風が顔を撫でる。
ぼさぼさ髪の人は壊れた床の方に歩いていきあと一歩で落ちるところまで進むと、さっき見つけたカードをおもむろに取り出し、外の空中に放り投げる。
するとカードはみるみる大きくなっていき、人一人が乗れるほどの銀色に光るボードになって、空中に浮いていた。
ぼさぼさ髪の人は床からぽんと飛び、すとんとボードに乗り込んでごく当たり前のことをしたかのような顔でこちらを振り向いた。
大きくなったボードを見て唖然としているレイピアには気づかなかったようで、レイピアを見て少し怪訝そうに首を傾ける。
「で、レイピア。ついてくるんなら見ての通り後ろにしがみつくしかないんだが。」
「あの、あなたは一体?」
「あ。あぁ名前?俺はタイム」
ぼさぼさの髪の人、タイムはそれだけ言うとすっと手を差し出す。
おそるおそる手を握ると一気に引き上げられ、凄い力であっという間に後ろに乗せられた。
つかまってろとそれだけいわれ、ばっと腰あたりにしがみついた途端、ものすごい勢いでボードが飛び進んでゆく。
先程までいた場所の全体像も見る間もなく通り過ぎ、耳元で唸る轟々とした風の音とあっという間に過ぎていく景色。
なによりぐらぐらする感覚にかなり気分が悪くなるし、振り落とされそうになるので、よりしっかりとしがみつく。
ぐっとしがみついてタイムがちょっと苦しがるのもお構い無しに。
しかし飛んでいるうちにだんだん慣れてきたのか、少しずつ回りを見渡せるようになってきた。
毎日過ごしていた自分の家の上を通り過ぎ、さらについさっきまでいた町の上を通り過ぎる。上から見下ろすようなことなどなかったためか、馴染みのあった場所でも少し新鮮だった。
街を過ぎたあたりでレイピアはガーゴイルに襲われたことを思い出し、なぜ襲われたのか、そもそもとっくに降伏した田舎町になぜいたのだろうかと疑問を持つ。
その上レイピア一人だけを狙ってきたことにも。
考え事をしていたので、急にボードがグラッっと傾いたのに上手く対応できなかった。気がついたときには空中に放り出され悲鳴を上げる。
地面が目の前に見えてレイピアがもう終わりだと思ったとき、なんとかタイムが右手をつかんで受け止めてくれた。
「あー悪い悪い。なんか変なのが見えたから止まっちまった」
「へ、変なの?」
地面に下ろされ、タイムもそのまま降りるとボードはまたカードに戻る。
そしてカードをしまいながら話すタイムの指差す方に目をやると、武装した数人の集団が巨大なコブラの姿をしたガーゴイルと戦っていた。
武装集団は剣やら弓やら振り回してはいるものの、ガーゴイルに効いている様子はなく、むしろ遊ばれているかのように尻尾で相手をされ、時折弾き飛ばされていた。
その場でじっと少し様子を見ていたが、ガーゴイルが首を曲げてこちらに気づいたように奇声をあげながらレイピアたちに向かって襲い掛かってきた。
「ま、またこのパターン!?」
「レイピア下がってろ!」
そういって舌打ちした後、タイムはどこからともなく銃をスッと抜く。ガンガンと大きな音を立てて1、2発撃ってみるものの、大きさのわりに俊敏でかわされてしまった。
恐ろしい勢いで迫ってくるガーゴイルに不安になって、一歩、二歩と後ろに後退するレイピア。
タイムは何か策はないかを考えている様子だが、避けようとする様子もなくこのままではぶつかってしまう。
残り3mまでガーゴイルが迫ったとき、腹部に強烈な一撃を喰らって横に吹っ飛ばされ、何が起こったかわからず混乱したまま地面に打ち付けられる。
起き上がってからガーゴイルを刀で受け止めているタイムを見て、突き飛ばされたのだとわかったが、今度はたくさんの腕に引っ張られ、あっという間に目隠しされて担がれた。
声をあげようとしたが強引に口に布のような詰め物をされて声もぐぐもってしまう。なんとかタイムに気付いてもらおうといくらもがいてもどうにもならない。
バタバタとその場から走り去っていくのを肩の上で感じ、遠くの方から岩を砕いたような音が聞こえる。
ガーゴイルの方に気を取られていたタイムがレイピアがいなくなったことに気付くのはいつになるだろう。気が付いても追いつくことができるだろうか。
自分の置かれている状況をどうすることもできず、レイピアは運ばれていくことを不安に思いながらもじっとするしかなかった。