第十三話


レイピアはいつものように時間通りに目が覚めた。畑仕事をしている内に規則正しい生活が身についてしまったのだ。
大きく欠伸をした後、数歩もあるかないところにある洗面所で井戸から汲み置きしていた水で顔を洗う。氷のように冷たい水が心地よく、バシャバシャと少し派手に洗うことで一気に目が覚める。

朝食を終えた後、いつものように畑の手入れをして、食べごろの野菜を収穫して街に出る。
街につくころにはもう昼過ぎになり、作っておいた昼食を食べて、お得意様の親切なおばさんたちに新鮮な野菜を買ってもらい、気が付けばもう夕方になっている。
なにもかもがいつも通りの平凡な毎日。違うとすれば町に住んでる子供より人一倍大変な生活しているということだろうか。

でも、今日はいつもと何かが違った。


なにか、大事なことを忘れている気がする。


なんだろう、と首をかしげて考えてみるが、レイピアの頭には何も思い浮かばなかった。頼みごとも特にされてないし、野菜の注文なんて取ってない。約束だってする相手がいないから違うはずだ。
まぁいいや、そのうち思い出すだろうし、思い出さなかったらその時はその時だと気楽に考えて。
家に帰って売れ残った野菜で適当に夕食をつくって済ませ、家の用事を済ませて明日の支度をしてベッドに入ると、たちまち睡魔に襲われぐっすりと眠りについた。

次の日も、またその次の日も、特に何事もなくいつも通りの生活が続くが、忘れた何かがずっとレイピアの心の中で引っかかる。
今の生活でも、レイピア自身が生活していくのがやっとなくらいのお金が稼げる程度で、こうやって野菜を売っていくこともとても大切なことなのだ。これ以上大切なことなんてなかったはずだ。
それなのになんなのだろう、この妙な胸騒ぎは。
こんなことしている場合じゃない。そんな気がしてならなかった。


「ねぇ、ここってリンゴ売ってる?」


いつもの場所で野菜を売っていると、せいぜい5、6歳くらいの中性的な子供が、くりくりとした緑色の目で聞いてきた。
商店街の一番隅に藁を敷いてその上に野菜を並べていたが、ピークの時間を過ぎていたせいか人もまばらで、せいぜい道に迷った観光客が前を通り過ぎる程度だ。
そんな店とは言い難い貧相な場所の野菜の並んだ前にちょこんとしゃがみこみ、野菜の中からリンゴが出てくるのを期待しているかのような表情で。
ずっと店先を見ていたはずなのに子供は突然に、しかも初めからずっとそこにいたかのように野菜の前に佇んでいた。


「ごめんね、ここは野菜しかないんだ」

「ざんねーん。友達、とってもとってもリンゴ好きだから、おみやげもってかえりたかったのにー」


ぷくーっと頬を膨らませて、ちょっと不機嫌そうな顔をする。
目によく合った深緑色のコートに、茶色い長ズボンがチラチラと垣間見せている。癖のあるショートボブの髪は、白に限りなく近い程明るかったが、やはり緑色をしていた。


「君どこから来たの? あんまり見かけないけど」

「おにいちゃんこそ、いつまでここにいる気なの?」


怪訝な顔で子供に聞いたレイピアに、子供が笑顔で質問で返した途端、レイピアと子供の周りが一瞬にして真黒になった。
突然のことに驚き目を見開いて、状況を理解しようと暗闇の中をふわふわと浮かぶレイピアに、子供はくすくす笑って話しかける。


「だいじょうぶだよ、これはただの“夢”だから」


そういって子供が手をかざすと、丸くて黄色に輝いているものが現れ、光が一層強くなった瞬間、レイピアに一気に忘れていた何かがフラッシュバックで蘇った。
ジルニクォーツのこと。タイム、スコーピウス、べインのこと。戦っていたこと。その途中で意識をなくしたこと。
だとしたら、ここはなんだろう、この子はただの夢だと言ったけど、本当は死んだんじゃないのか。


「疑わないで、はやく起きて。じゃないと間に合わなくなっちゃう。死んじゃうよ、みんなみんな」


子供が突然泣きそうな悲痛な声で両肩を叩く。みんな死ぬ、その言葉にハッとして子供に尋ねた。


「みんなは……タイムさんやべインさん達はどうなったんですか? 知ってるんですか?」

「まだだいじょうぶ。でも時間がないの。おねがい、はやく起きて。あの人を倒して」


大丈夫だけど時間がない、つまりはもうすぐ殺されるってことだろうか。それはもちろん嫌だし、できることなら止めたい。けれど……


「役立たずだよ、僕。結局は一人じゃ何もできないんだ。僕が戻ったところで、何にも変わんないよ。皇帝なんて倒せっこない」


結局なにも出来なかったのに、今更戻ったところで何ができるというのだろう。他のみんなが殺されるところを見ながら、ただ殺されるのを待つだけだ。
そんなことになるくらいなら、ここにずっといたほうがまだマシだ。


「おにいちゃんには力があるよ」

「強い力じゃないよ。一人じゃ無理だよ」

「おにいちゃん、おにいちゃんにはもう十分強い力があるんだよ」


弱々しく呟いたレイピアの両肩に手を置いて、子供は柔らかい笑顔で語りかけ始める。


「おにいちゃんに足りないのは自分を信じることだよ。自分の力を信じること。そしたら、きっとそれはこたえてくれるから」


そう言って子供はレイピアのポケットにあるジルニクォーツを指さした。


「みんなしんじゃうのは、嫌だよね。助けたいよね。おにいちゃん、みんなのこと好きだもんね」


子供の問いかける優しい声に、レイピアはゆっくりと頷いた。

助けたい、自分にその力があるのなら、助けることができるのなら。

そう心の中で唱えるように呟くと、ジルニクォーツから星が淡い光を放ち、レイピアに同調するように周りを漂う。
もう、体力を消費するような感覚はなかった。


「またね、おにいちゃん。みんなのこと、ぜったいぜったい助けてね」

「うん、色々とありがとう。でも君、誰なの?」


黒の奥深くから光が射し、周りが眩しさで消えていく中、レイピアが子供に向かってきくと、子供はにっこりと笑って手を振った。


「コロニー」


子供はそれだけ言うと、淡い緑の泡となって消えた。






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