第八話



「私は何をしていた?」

「それ以前にここはどこだ?」

「そして私はなんなんだ?」


きょろきょろと周りを見渡し始め、困惑したような様子のミイラに呆然とするレイピア。
ミイラは自分の包帯がベインを貫いていることに気づいて数秒考えるかのように首をかしげ、ちょっと痛いですよといって一気に引き抜く。
血が肩から噴き出し呻き声を上げるベインだが、ミイラがまた包帯取り出し、シュルシュルと血の出ている傷口に巻き始める。
完全に巻き終わるとミイラは二人の反応を待ったが、ベインもレイピアも訳が分からず呆然と見つめるばかりなので、周りをまた見渡した。


「伏せろレイピア!!」


急にタイムの声が聞こえて咄嗟に身を屈めると、頭上を細長い何かが勢い良く通り過ぎる。
いつの間にか真横にまで迫っていたプレーズが、どこから取り出したのか、等身大ほどもある大きな釘をレイピア目掛けて振り下ろしていた。
慌てて後退ろうとすると足がもつれて後ろに転んでしまう。しかしそれが幸いしてギリギリでまたプレーズからの攻撃をかわす。
ガツンと固い地面と金属がぶつかる音。レイピアの真横の地面に亀裂が入り、目の前に迫ったプレーズに見下ろされる。


貴様、一体何をした?


プレーズが腑に落ちない顔でレイピアに詰め寄り、指を胸に突きつける。息が吹きかかるほど近く、鼻を突くような血の臭いに吐き気がした。
鋭い爪がが当たる感触で一瞬怯むが、レイピアもまた何が起こったか分からないのでじっと睨み返すしかない。
相手が答える気がないと判断したプレーズは、釘の尖った方を手元に持ち替えて、顔よりも大きい釘の頭部をレイピアに叩きつける。


しかしその時光り輝く星がレイピアの周りに溢れ出し、プレーズの攻撃を阻んだ。


星の集合体のようなものはキラキラとレイピアの周りを漂い、まるでバリアを張ったかのようにプレーズの攻撃を跳ね返す。
プレーズはいきなり現れた星に驚き、警戒して飛び上がり5mほど後ろに後退して、鬱憤を晴らすように釘を片手で振り回す。
レイピアも突然現れた星に驚くが、星が現れたと同時にポケットが燃えるように熱くなり、それどころではなくなった。

このままでは火傷をすると慌ててポケットの中を探ると、ジルニクォーツが激しい光と熱を吐き出していた。
ジルニクォーツから発せられる熱があまりにも激しく、素手で掴むのは無理だと思ったが、火傷しない程度の距離を保ったまま、まるで吸い付くようにレイピアの手の中で浮遊し始める。
その途端にバリアのように広がっていた星も一瞬にして消えてしまった。


「まさか貴様、ジルニクォーツが使えるのか。なるほどそういうことか……」


プレーズが何に納得したのかは分からなかったが、とりあえずはなんとか凌げた。しかしこれからどうすればいいのだろう。
光り輝くジルニクォーツを手にしたままプレーズを睨み続けるレイピア。


なら、貴様を殺すしかないなぁ?


プレーズは頭を傾け、狂喜に近いような笑みを向けると、レイピアはぞくりと寒気がした。
一瞬にして煙のようにプレーズの姿が消える。レイピアは慌てて周りを見渡すが、それらしい姿は見当らない。
そのときミイラが不意にレイピアを押しのけて仁王立ちになると同時に、釘が頭上から尖った方を下に勢いよく落ちてきた。
肉を貫く嫌な音とともに、ミイラの左肩から真下に向かって釘が貫通するが、ミイラは何食わぬ顔でじっと着地するプレーズを観察する。


「おいミイラ、何故邪魔をする」

「だって私は痛みを感じないが、少年は刺さったら痛そうだったし。
 それより私はミイラというのか。だが語呂が悪いような、よしこれからはライミと呼んでくれ」


名前は大事だけど今じゃなくてもいい気がする、とレイピア心の中で突っ込みながらミイラの横に並ぶ。

とりあえずあれほど凶暴だったミイラ、もといライミはどうやらこちらの味方になってくれたようだ。
そして皇帝の右腕と呼ばれたプレーズの武器も、今はライミの左肩に突き刺さったままで、丸腰の状態。
なによりさっき一瞬だけどジルニクォーツが動いてくれた。
もしかしたらなんとかなるかもしれない。
レイピアがそう思うと、それに反応するかのようにジルニクォーツからまた星が溢れ出す。使い方はまだいまいちよく分からないが、それでも何も出来ないよりはマシだ。

しかしプレーズはライミに刺さっている釘に一瞬目を走らせた後、右手を広げて肩の高さに掲げると、プレーズの背後から黒い炎のようなものが空中に噴き出し始めた。
プレーズが手をすばやく前に動かすと、炎は大きな塊になってレイピアに向かって飛び掛かるが、ジルニクォーツを前に突き出すと先程のようにバリアのようなものが現れた。
前言撤回、やっぱりなんとかなる相手じゃない。
それにバリアの大きさがさっきよりもずっと小さく、炎の勢いに負けて後ろに吹っ飛ばされ、背中を地面に打ち付け一瞬息が止まる。


「フン。なんだ、まだ使い慣れてないようだな」


むせて咳き込むレイピアを、ニヤニヤと嘲笑いながら眺めるプレーズ。その背後からはまだ黒い炎が噴き出し続け、まるで巨大な生き物のようにうごめきはじめた。
レイピアは息を整えて片膝をつき、その炎をじっと見つめる。ジルニクォーツが動きはしたけれど、まだ思うように操れない。


「大丈夫大丈夫、死ぬほどはやらないって。焼殺したらせっかくの新鮮な血が絞れなくなっちまう。ローブをここまで染めるのも結構苦労したんだぜ?
 だが、ジルニクォーツを操れる人間、しかも子供となりゃかなりレアじゃないか。ぜひともローブをもっと染めてみたいってモンだ」


プレーズの歪んだ顔が黒い炎に怪しく照らされ、レイピアは身震いした。まずい、倒さないと絶対ひどい殺され方をすることになる。

瞬時にプレーズが炎を後ろに噴出して目の前に迫り、レイピアの顔目掛けて拳を振り下ろす。
レイピアの顔に衝撃と痛みが走り、そのまま地面に打ち付けられる。口の中が切れたのか、血の味がした。
そのままレイピアの喉元をつかみ地面に押さえつけ、右手に炎をまとわせながらレイピアに近づける。どんどん顔に近付けじりじりと焼かれ、レイピアは思わず悲鳴を上げた。
しかし真横からプレーズ目掛けて包帯の束が飛んできて、プレーズは素早く身を翻してそれを避け、レイピアから離れる。
黒い炎の中をすり抜けても、包帯は焼き切れるどころか、燃えることすらなかった。どうやらライミ自身はこの炎の影響は受けないらしい。

レイピアは顔を振って起き上がる。顔の焼かれたところがひりひりと痛むが、なんとか軽い火傷程度で済んだようだ。
ライミのほうにチラリと目をやると、釘のせいで身動きは出来ないようだが、背後から包帯の束が狙いを定めるかのように揺らめいていた。


「ライミさん、あいつの動きを止めてください!!」


言葉に反応するように包帯の束がプレーズ目掛けて飛んでいく。炎で防げない包帯をプレーズは避けるしかないが、避けきれる量ではなかった。
あっという間に包帯に拘束され、舌打ちをするプレーズ。レイピアがジルニクォーツを触れる限りしっかり握り締めると、星がまた溢れ出した。
そのまま星を前にプレーズに突っ込むが、後一歩のところで黒い炎が壁のようにプレーズの周りを囲んで進入を拒もうとする。
しかし炎は星に触れた途端パシュンと音を立てて触れた部分が消えた。だが消えたところも噴き出した炎が修復し、そこから先に全く進めない。
ジルニクォーツを今度は両手で握ってみると、星が小さな塊となってプレーズ目掛けて飛び出した。炎の壁も突っ切り、そのまま胸を直撃すると、プレーズは大きな悲鳴を上げた。
炎越しに見てみると、プレーズの胸あたりはまるで何かで溶かしたかのようにドロドロになっていた。使い手が弱ったことにより、炎の壁も少しずつ背丈が小さくなっていく。

もう一度やらなければ。そう思ったがレイピアは突然激しい目眩に襲われ、両膝を突いてうずくまる。
片腕だけでも上げて星を飛ばそうとするが、星の塊はさっきよりもずっと小さく、炎に飲まれて消えてしまった。
あと少しなのに、体が重い。ジルニクォーツが思うように操れない。

レイピアが弱ったのを見てプレーズは大きく声を上げて笑い、荒い息をしながら炎の壁を集結させ、大きな塊を作り始めた。
それを防ぐだけの星の壁など、今のレイピアには造れるはずもなかった。
プレーズが炎の塊をレイピア目掛けて振り下ろそうとした、まさにその時だった。


ぅぅううおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!


背後からベインが両手剣をプレーズの心臓目掛けて思い切り突き刺した。
断末魔とともプレーズは貫かれた心臓から黒い炎となって燃え始め、炎は全身を包んで、プレーズは丸焦げになって動かなくなる。

レイピアはプレーズが拘束が外されて黒焦げのまま地面に倒れるところを、薄れていく意識の中、遠くのことのようにぼんやりと見つめていた。
ベインやライミが呼びかける間もなく、レイピアはそのまま地面に倒れ意識を失った。







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