第四話
ジルニクォーツを渡した途端、悲鳴とも唸りとも取れる声を発するリーダーの人。
バリバリとエネルギーのようなものがまわりに噴き出し、チカチカと目が眩んだ。
何が起こったのかわからず、周りの人も悲鳴をあげ彼を助けようと近寄ろうとするが、エネルギーに跳ね返され、思うように近づけなかった。
なんでこうなってしまったんだ、僕が持ってる時は、何も問題なんてなかったじゃないか。
声と音と光がだんだん強くなり、周りがパニックに陥ろうとしている中、レイピアはただ混乱していた。
「おいおいおいおい、なにがどうしてこうなった」
「タイムさん!?」
混乱に乗じて、洞窟の入り口の方からいつの間にかタイムが現れた。
慌てふためいている人達に流されながらも、こちらに向かって歩いてきている。
今の状況をなんとか説明しようとしても、パクパクと口を動かすばかりのレイピア。
しかし必死でリーダーの持っているジルニクォーツを指差すと、タイムの表情がサッと険しくなった。
腕をつかまれ、凄い力でリーダーの所へ引っ張られていく。
レイピアから庇うようにエネルギーを一身に受け、残った方の手で顔を庇い、かなり強張った顔をしながら、少しずつ近づいていく。
周りも事態を察したのか、黙りこんで見守っていた。
リーダーの所に辿り着くと、レイピアの腕を引っ張ってジルニクォーツを握らる。
レイピアにはジルニクォーツ本体からはなにも影響は受けなかった。
それを確認したタイムさんは、リーダーを睨みつけて話しかけた。
「おっさん、さっさと手を離しな」
「なっ、俺は・・・・この力で・・・・・・!」
「そのままじゃ死ぬぜ、確実に。死んだら元も子もないだろうがよ?」
しかし一向に離そうとせず、ただただもだえ苦しんでいる。
一方、レイピアを庇い続けているタイムの表情も辛そうになってきた。
強行突破だ、とぽつりと呟き、レイピアを掴んでいない方の手で、リーダーの腕を勢いよく殴りつけた。
痛みに耐えかねて手を離すと、バシッと音がして光も音も同時に止まった。
石をがっしり掴んで、呆然と立ち尽くすレイピア。
その隣でリーダーは荒い息遣いをし、タイムを鬼のような形相で睨みつける。
だがタイムそんなことそっちのけで、深いため息をついてその場にへたり込んだ。
「貴様、どこから入ってきた? 何故邪魔をした!! もしや皇帝の手先か!?」
勢いよく両手剣をタイムの顔に突きつけ、唸るような声で叫ぶ。
息も荒く、剣を持った手も震えていることから、かなり疲れていることが伺える。
ちょっと待て、少し休ませてくれと、顔も上げずに手を振るタイム。
数秒たった後、座ったままリーダーの方をまっすぐと見据える。
突きつけられた剣にも構わないタイムに、レイピアは少し不安になった。
「えーとなんだっけ? あ、そうそう。
まずどこから入ってきたかってのは、そこの入り口から。結構複雑な洞窟だね、ここ。
次に邪魔したってのは、暴走してたから止めただけ。
最後のは、俺はただの旅人だ。皇帝なんて知るか」
それだけ言うと、フーと息を吐いて頭を後ろに垂れ、完全に休んでるようにしか見えなくなった。
「暴走してただと?」
数秒タイムを睨みつけた後、確認するかのように回りに話しかける。
それを聞いた周りの人達は必死に首を縦に振り、リーダーは少し顔を悪くした。
どうやら自覚はあったが認めたくはなかったようだ。
「旅人だといったな」
沈黙が流れた後、確認するようにタイムに話す。あぁ、とだけタイムは答えた。
「旅人なら、何故この小僧を知っている。この小僧は旅人には到底見えないが」
「確かにな。だがレイピアは一応連れだが、会ったのは今朝だ。ガーゴイルかなんかから助けたら、一緒に連れてってくれ、と言われてよ。」
「ガーゴイルからだと?」
確かめるようにレイピアのほうに向いたので、こくんと頷く。
レイピアが頷いたことで、ベインは認めはしたものの、納得のいかない顔をしていた。
それを見て不安に思ったレイピアは、タイムの座ってる側まで歩いていき、そっと手をタイムの肩に乗せる。
ベインはその様子を眺めた後、タイムへの質問を続けた。
「どうやってここに辿り着いた。この洞窟は入り組んでいて、ここまで来るのは至難の業だぞ」
「昔から勘がいい方なんでね」
「まさか、ここまで直感で来たんですか?」
驚愕した顔をするレイピアに、タイムはおぅよと答えて、肩をコキコキと鳴らし、立ち上がろうとする。
しかしリーダーの人が、剣を脅すよう首元にピタリと当ててきたため、立ち上がることが出来ず、レイピアは少し怯えたようにタイムの後ろに隠れた。
「お前が皇帝側ではないという証拠は?」
「あー、ない。というかそれ、立てないからどけてくれますかね」
「証拠がないなら、お前を信用するわけにはいかない。
俺はここのリーダーをしてるベインという者だ。
お前が信用できる男かどうか、戦って確かめてみようじゃないか。
真の男なら根性あるとこ見せやがれってんだ」
「じゃあ余計やる必要ないじゃん。俺、タイムって言うけど、一応女だし」
その場の空気が凍りついた。
ベインは剣を構えたまま固まり、周りの人達はザワザワと騒ぎ始める。
タイム本人は、かなりどうでもいいという様子で欠伸をしたが、レイピアはびっくりしてタイムの背中を叩いた。
「えっ……タイムさん、女の人?」
「おぅよ」
気付かなかったか、まぁどうでもいいんだがなと言ってすっくと立ち上がり、服についた土や砂埃を手で払う。
そして、女相手に本気でやっても仕方ない、と複雑な表情で剣をしまっているベインに向かって、険しい顔で話しかけた。
「で、ベインさんよ。これからレイピアをどうするつもりだ?
さっきの様子じゃ、レイピアの持ってるこの石を諦めるつもりはないんだろ?」
さっきまでの和らいでいた空気が一気に張り詰めた。
よくよく考えたら、ベイン達がこれほど欲しがっていたジルニクォーツは、さっきの様子から、レイピアしか持つことはできない。
だとすると、レイピアはそのまま帰してもらえるはずもない。
「どうするもなにも、小僧次第さ。
このままここから離れて、ガーゴイルにやられるか。
それともここに留まって、俺たちと一緒に戦うかだ。
ま、俺としちゃここに残ってくれた方が有難いし、戦い方も教えてやるから、ある程度安全は保障するんだがな」
そういってベインはじろりとレイピアを見つめた。
戦うといっている時点で、安全ではないだろうと、レイピアは真っ先に思った。
しかし、ジルニクォーツを持っている以上、ガーゴイル達に狙われるのはまず間違いない。
だとすると考えられる最善の策は一つ、ここに留まることだ。
そっとタイムの方に視線を向けたが、お前の好きなようにとばかりに、肩をすくめられた。
「僕は残るよ。このまま帰っても、僕は戦えないし、やられるのが目に見えてる」
「そうか、それはいい考えだ」
大きく笑ったベインに、肩をバンバンと叩かれる。それがかなりずっしりと重くて、思わずよろけてしまった。
しかし心配事があるのか、レイピアはタイムの方を申し訳なさそうに見つめた。
「でも、タイムさんの人探しが……」
「あー、あれ。もういい」
「えっ?」
もしかしてここに来る途中で見つかったのか。
一瞬そう思ったが、もしそうなら今も一緒に居るはずだ。
しかし周りをきょろきょろと見渡しても、それらしい人物は見当たらなかった。
「なんかな、ここにいたら多分見つかりそうな気がするんだわ」
不思議に思ってきいてみたら、タイムはそう答えた。
勘がいいと自称していたが、これもそれなのだろうか。
でもタイムも一緒にここに残ってくれることが、不安だったレイピアを少しだけ安心させた。
対照的にベインは顔を曇らせ、タイムはそれを見逃さなかったので、確認のためにベインに聞いた。
「俺とレイピアはここに残る、と。レイピアはともかく、俺のほうは残ってもいいか?」
「まぁ、小僧が気に入ってる奴なら、仕方あるまい」
そうか、といって首をかしげる。
ベインもそれ以上は何も言わなかったので、タイムもこれ以上この件は追求しないことにした。
そして、あっと声を上げて、何かを思い出したようにベインたちに話しかけた。
「ところで一つ忘れてたんだが、ここに来る途中で、ガーゴイルとなんだがよくわからない奴の軍隊のようなものが、ここに向かってきているのが見えたんだが」
「なんだと!?」
そうベインが聞き返した途端、少し遠くのほうから、鐘の音のようなものが鳴り響いてきた。
狭い洞窟内でそれは反響し、少しずつ大きな音になっていく。
洞窟内の人間に、確実にわかるように。
敵襲の知らせである。