第一話



うぉわああぁぁっ!


岩だらけのさびれた河原を、背後からガチガチと口を鳴らして恐ろしい形相で追いかけてくる、人の形をした黒いコウモリのような物体から、躓きよろけながら必死に逃げる。


だれか助けてえぇぇぇっ!!


人気も無いのに無我夢中で助けを呼ぶ少年。
彼が何故こうなったのかは数時間前にさかのぼる。


夜明け近く、空が白んできたころ。ズドンと宙に一瞬浮いてまたベッドに叩き落されるような、突然の大きな揺れに驚いて目を覚ました。


(地震?)


バターンと箪笥が倒れ、ガクガクと気持ちが悪くなるくらいに揺さぶられる。
地震といったことを経験したことがなかった彼は恐怖にかられベッドから飛びのいて外に逃げようとするが床に足を置いた途端バランスが取れずにまたベッドに押し戻される。
なんとか身の安全を守ろうとベッドの上の薄い毛布を引っ張り集め、家の天井からギシギシと危ない音がしてきた時、揺れはゆっくりと収まっていった。

揺れが完全に収まった後、深呼吸してなんとか落ち着こうとしながら家の中を見渡す。
倒れた衝撃で中の食器が粉々に割れ散ってしまった箪笥は反対方向まで移動し、小物は全部床に転がり落ちて陶器の破片といっしょくたになって何がなんだかわからない。
家具のほとんどが使い物にならなくなったとざっと見で理解しながら、家が潰れなかっただけマシだと言い聞かせ、クラクラしながら起き上がって破片や小物を拾って部屋を片付ける。
箪笥は中身は何とかできても元の場所に戻すには一人の力ではどうしようもないので、後で町の誰かに頼んで手伝ってもらおうと放置した。
小物を粗方片付けて場所をあけ、なんとか無事だった食料の中からパンを一つ用意し、いつもより少し早めの朝食。


この掘っ立て小屋に生まれ育って11歳になる少年、レイピア


父は不慮の事故で亡くなり、そのショックからか母も僕を産むと同時に亡くなったと聞いた。
そんな僕のことを可愛がって育ててくれた、唯一の存在のおばあちゃんも、去年の暮れに寿命で亡くなった。
最初は悲しかったけれど、おばあちゃんが残してくれたこの小屋で、なんとか一人で生活している。

モゴモゴとパンをほおばりながら朝焼けでまぶしい窓の外を見ると、ズドンと胃が落ち込んだ。


「はっ畑が!?」


レイピアの住んでいる小屋は、町外れの森林の近くにあった。森林というよりは林に近く、小動物もある程度見かける。
そのすぐ側におばあちゃんと一緒に畑を作り、今はそこから取れる旬の野菜を売って生計を立てていた。
これが結構おいしいと、最近町ではそれなりに人気になり始めてきたのだったのだが、

そこにあったのは、新鮮な野菜が取れる畑には到底見えない崖のようにそびえ立つ断層だった。


「うぅ、地殻変動かなんかなのかなぁ。にしても壊滅的すぎる。せっかくおばあちゃんと作ったのに、野菜ももうすぐ食べごろだったのに……」


慌てて家を飛び出し、呆然と崖になった無様に畑だったものを見渡しうなだれる。
そしてふと崖の下にきらりと光る何かをみつけ、あっ小さな声を上げた。
断層が崩れたときに埋まらないよう慎重に場所を選んで傍によってよく見てみようとするが、土に埋もれているらしく、一部しか見えない。
それの真横までそっと近づき掘り起こしてみると、それは手の平より一回り小さく透明な石で、日光を受けキラキラと輝いていた。


「うわぁーきれいだ。でもこんなの見たことないや、何か宝石の原石だったり?」


これを売ればもしかしたら畑を直すだけのお金が手に入るかもしれない、なんて冗談交じりに考えながら。
そんな淡い願いを抱えつつ、拾ったその石をポケットに滑り込ませ、箪笥の下を探って下敷きになっていた少々のお金をなんとか引っ張り出して手に持ち、箪笥を戻す人手を探しに近くの町に向かったのだ。

しかし町に着いた途端目に入ってきたのは、逃げ惑う町の人々と―――――――――――――――――


「ガ、ガーゴイル!?」


ガーゴイル


黒魔法によって動き回るようになった石の人形
その形は様々あり、鉄のように固い


そしてここにいたガーゴイルは、人の形にコウモリのような翼をもった悪魔の姿をしていた。
バサバサと翼で音を立て素早く空を飛び、悲鳴をあげて逃げ惑う人々を襲っていたのだ。


「なんでこんな田舎町にガーゴイルなんているの!?ここはとっくに降参した国の同盟なのに!!」


ガーゴイルの姿に驚愕したレイピアが自分の身を隠すのことも忘れて叫ぶ。
随分と前からこの世界は、皇帝を名乗る一人の男によって支配されつつあった。
この町は隣国の同盟国であり、その国もとっくの昔に一方的攻撃を受け無条件降伏していた。
もっともこの町にその連絡が来たのは、隣国の危険の知らせが来てから1時間しかたっていなかったため、何もできはしなかったのだが。

そしてそのガーゴイルは、その自称皇帝男が使っている感情を持たない殺戮兵である。

ドスンと音を立てて、レイピアの目の前にガーゴイルの一匹が着地する。
慌てて後退りしようとするが、足がもつれて転ぶ。
尻餅をつき涙目になって前を見ると、転んだ音に反応してこちらを向いたガーゴイルとピタリと目が合ってしまった。
その途端、ガラスをひっかくような耳に響く嫌な雄叫びとともに、倒れているレイピア目掛けて飛びこんだ。


「え、えええええええぇぇぇぇっ!?こっちこないでーーーーー!!」


飛びこんできたガーゴイルを必死で避け、やって来た方向から回れ右をして急いで走り逃げる。
街の人たちを襲っていたガーゴイルも、雄叫びに反応したせいなのかレイピア一点に狙いを集中して追いかけ始めてきた。
元来た道を全速力で逆走して逃げるレイピア。
しかしどちらかというと時たま攻撃してくるガーゴイルによって人のいない方へ誘導されているようだ。

そして、今現在に至るのである。


「ぜぇっぜぇっ・・・・・・もう、限界っ・・・・・・!!」


普段は歩いて30分以上はかかる道を全力で走っていたため、もうレイピアの体力は限界に近かった。
あばらあたりが締め付けられるように痛み、いくら早く呼吸しても楽にはならず逆に苦しくなる。かつてこれほど必死になって走ったことがあっただろうか。
一方ガーゴイルは石でできているため、疲れを知らない。
どんどんガーゴイルとの距離も縮んでいき、少しずつ攻撃の間隔が短くなっていく。その上いつの間にかいつも通っている道を反れ、いつの間にか海に出て砂浜を走っていた。
だんだんと砂浜から海に向かって追い込まれていき、このままでは殺されることは時間の問題だ。


「うぇぁぁあああああああっ!?」


不意に足元をすくわれ、そのまま空中に放り投げられる。
一瞬ガーゴイルにつかまったのかと思ったが、背中に何かを壊すような感覚と、がしゃんとガラスが割れる音。
そのまま地面に叩きつけられ、衝撃でくらくらするなか、ガラス片を避けながら腕をつき、なんとか起き上がる。


「なんだぁ?」


人だっ!!
後ろから突然声が聞こえて、助けてもらおうととっさに振り向くと、首がグキッと嫌な音を立てた。


「た、たすけグフッ」


言葉は最後まで言う前にこじれ、首を抱え涙目でその場にうずくまるレイピア。
下目なので青い着ふるしたズボンと、これまた履きふるされた泥のついた靴、そして木の板でできた床しか見えない。
耳を立てて様子を探ると、外からギャアギャアとガーゴイルが喚いているような音が聞こえてくる。
どうやら入ってきた窓が小さくてここまで追ってこれないようだ。


「ガ、ガーゴイルに追われてて、お願いです助けてくださいっ!!」


息が整ってなかったらしく、言葉を噛みながら必死になってその足にしがみつく。
動揺したようにしがみついていない方の右足が一歩後ろに下がった。


「ガーゴイル?あぁ外のうるさいアレ」


カチリと音がしたかと思うと、突如として轟音と爆風が起きた。
吹き飛ばされないように足によりしっかりしがみつく。
一瞬、ガーゴイルがとうとう突撃してきたかに思ったが


「これでいいのか」


ぎこちなく、しかし優しく肩を叩かれる。
そっと目を開けると、入ってきた窓らしき場所どころかその周りの壁らしい場所ごと消滅していて、ガーゴイルの姿はもうそこになかった。


「えっ・・・・あ、え?」

「あー、そろそろしびれてきたから離してもらえるとありがたいんだが」

「あっすみませんでしたっ!!」


促されて気が付き、慌ててしがみついていた手を離す。数秒、自分のとった行動の情けなさにうな垂れる。
うな垂れつつも周りを見渡してみると、必要以上に窓がたくさんついた、どこか家か大きな館の長い廊下の一部のようで、両端を見渡しても、その先が分からないほどだった。
そっと立ち上がり、恐る恐る壊された床の場所から下を覗きこむと、ガーゴイルの破片らしきものがずっと下の砂浜辺りに、ゴニョゴニョと蠢いていた。
一応まだ動けはするみたいだったが、あの状態ではもうきっと攻撃してくることはできないだろう。
どうやったのかはわからないがどうやら助かったようだ。

とりあえずお礼を言わなければ。
そう思ってついさっきまでしがみついていた人の方を振り向く。
黒いぼさぼさした髪が腰あたりまで垂れ下がり、だらんとしたフード付の上着を着た、かなりしんどそうな顔の人だ。
左手に銃のようなものが握られており、煙のようなものが舞い上がっていることから、さっきの爆風の原因がわかった。


「えっと、ぼ、僕レイピアって言います。助けてもらってありがとうございましたっ!!」


ぺこりと深くお辞儀。
ぼさぼさの人は髪をかきむしって余計ぼさぼさにした。


「礼ならコロニーに言え」

「えっ?」

「いや、なんでもない。あーぁ、あいついねーのにぶっこわしちまったよ・・・・・・」


ブツブツ言いながらぼさぼさが髪の人は右に曲がって廊下の奥の方へと歩いていき、窓と反対側の壁に並んでいる扉の中から一番近いものを開けてその中入っていく。
少し躊躇した後、レイピアはその人物の後についていった。







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