第九話


気がつくとレイピアはテントのようなものの中で、布をかけられて横たわっていた。
人が数人は入れる程度の小さめなテントだったが、小柄なレイピアにとってはそれなりに広く感じる。
ぼんやりとした意識の中、周りをぐるりと見渡すが、武器が数個にレイピアが今寝ている場所が置いてある程度で、枕元にはパンが2切れ置いてあった。
パンを見た途端、急にお腹が激しい音を立てて鳴る。周りに人こそいないものの、かなり恥ずかしく感じて俯く。
ふと、顔からひりひりとした痛みを感じないことに気がつき、そっと手を当てると、火傷はいつの間にか治っていた。
確かめるかのように、体もそっと動かすが、特に痛みも感じない。いつも通りだ。


「おいっす。目ぇ覚めたか」


バサリと布がめくれる音がして振り向くと、タイムが入ってきたところだった。
頭の右側に恐らくライミのものと思われる包帯を巻いていたが、それ以外は特に変わった様子も見られない。
レイピアが寝ていた横にすとんとあぐらをかいて座ったタイムの包帯を、レイピアはじっと見つめる。


「あの、傷大丈夫ですか」

「3日も経ちゃ大分塞がるっての」

「えっ?」


3日も寝てたんだよ、とタイムに言われて体の調子が良かったことも納得できた。でも火傷って3日で治るものなのだろうか、タイムの傷も傷だが。
聞いてみたら火傷はプレーズが死んだ途端すっかり消えたらしい。逆を返せば倒さなければ消えなかったのだろう。
つまり、プレーズを倒したことは確実というわけだ。さらに話を聞くとプレーズの死体は次の日には黒魔法の副作用で、完全に白骨化していたらしい。
その一方タイムの傷については、人一倍回復力を含む身体能力が高いだけだそうだ。
言われてみれば、ガーゴイルとまともに対峙したり、跳躍力がかなり凄くて不思議に思ってはいたけれど、聞いてみてはいなかった。


「あの、他の人達は?」

「死んだのはあの時包帯にやられた奴だけだ。他の奴らはもう回復してピンピンしてるよ」


そうですか、と答えてじっと空を見つめる。あの人たちが死んだのは僕が叫んだせいだ、でもそれ以上に被害は出なかった事にもほっとしたような、罪悪感と安心感が入り混じった奇妙な気持ちになった。
それもこれもジルニクォーツがあったからなのか、思い出したかのようにポケットを探ると、ジルニクォーツは何事もなかったかのように石のようにそこにあった。
あんな力があったなんて全然思わなかった。でも、この間のように肝心な時に全くうまく使えなければ、足手まといに変わりない。


「タイムさん」

「ん?」


ジルニクォーツを手に、じっと見つめながら、そのままタイムに話しかける。今度こそ、一人でも十分戦うことができるように。


「僕、ジルニクォーツが使えます。でも、まだ扱い方はイマイチで。使い方、教えてくれませんか?」


そういった途端、レイピアは口にパンを突っ込まれた。いきなりでむせ込みながら、必死で噛み砕いて息をしようともがく。
ようやく息が出来るようになって顔を上げると、タイムが外に出て行くところだった。


「まぁ、教えてやってもいいけど、無理はすんなよ」



数分後、森林のど真ん中に立てられたテントの群の一角から少し歩いたところにある開けた木陰に腰を下ろし、レイピアはタイムの前でジルニクォーツを握り締め、そこから現れる星を眉間に皺を寄せながらじっと見つめていた。
この間はまだ使い始めて間もないのにいきなり大量に星を出したから、体力をかなり消費して倒れたと言われ、そうならないように細い線くらいしか出さないよう注意しながら。


「まず、流れを掴め。そこから何か想像してみろ」


ジルニクォーツから溢れてくる星をじっと眺める。流れといわれると、流れ星が妥当なところか。
そう思った途端、星がジルニクォーツから勢いよく流れ出し、流れ星がレイピアを中心とした衛星のようにぐるぐると回り始めた。
しかし流れ星に意識を集中し過ぎて、星の量を調整するのを忘れてしまい、流れ星が溢れ出して渦巻きのようになり、レイピアはぐらりとよろめいて、星もあっという間に消えてしまった。


「あーぁ、だから量に注意しろっていっただろ」


ふらふらしているレイピアを、近くの木陰に腰掛けながら眺めるタイムだが、レイピアがもう一度挑戦しようとジルニクォーツを掲げるので、今日はもうやめとけと押しとどめる。
少し腑に落ちない顔でジルニクォーツをポケットにしまい込む。
タイムから教えてもらえなくなっても困るし、何より気遣われてのことなので、言われた通り無理はしないように。


「そんな調子じゃあすぐまた倒れるわな、まず体力付けさせたほうがいいんじゃねぇ?」


レイピアの背後から声が聞こえて振り向くと、スコーピウスが目と鼻の先にまで近付いていて、顔を覗き込んできた。
そういえば、とレイピアはふと気がついた。スコーピウスには主だった外傷が見られない。
ならあれだけ暴れるのが好きなのに、なんで包帯に吹っ飛ばされた後出てこなかったんだろう。


「スコーピウスさん、あの時スリリングタイムはどうしたんですか?」


レイピアはとりあえず疑問に思ったので、鼻が触れそうなほどの距離にいるスコーピウスに聞いてみると、ぎくりとした様子で一歩後ろに下がった。


「やろうにも出来なかったんだよ。頭から腰まで逆さの状態で綺麗に地面に突き刺さって動けなかったんだろ?」


タイムが肘をついて無表情にそう言うと、スコーピウスは甲高い奇声を発しながら身悶えし始め、もったいないだのと大声で悪態をついてまた謎の動きをはじめた。
とりあえずスコーピウスの謎の動きに巻き込まれまいと、レイピアは後ろに下がって距離をとろうとしたとき、岩のように固い何かにガツンと背中からぶつかる。


「お、小僧目が覚めたのか」

「ベインさん」


近くの木陰から、ベインがのっしのっしと現れていた。両手剣を担ぎ、汗をかいていることから、訓練でもしていたのだろうかとレイピアは考える。
ベインがレイピアを見つけた途端、豪快に笑って背中をバシリと叩いたため、レイピアはそのまま勢い余って顔から地面につんのめった。


「調度よかった。ベインさん、選手交代」

「はぁ?」


ベインが現れた途端立ち上がり、肩には届かないのでとりあえず背中をぽんと叩いたタイムに、ベインは間の抜けたような声で答えた。


「ジルニクォーツの使い方を教えていたんだが、それ以前にレイピアにはあまり体力がない」


タイムはポケットに両手を突っ込んで、立ち尽くすレイピアを眺めながらベインに説明する。


「体力つけさせるのは専門外なんでね、しごいてやってくれ」


そう言ったとき、レイピアにはタイムが一瞬ニヤリと笑ったように見えた。なんだか、とても嫌な予感がするレイピア。
一方ベインはタイムの話を聞いて少し顔を曇らせ、心配そうな顔を一度レイピアに向け、またタイムに向き直る。


「しかし小僧はついさっきまで倒れたままだったんだぞ。もう少し休ませた方がいいんじゃないか?」

「ジルニクォーツには体力を回復させる能力もある。むしろ寝過ぎてたくらいだ、問題ないさ」


そんな能力があったのか、とベインは納得したような仕草をするが、レイピアは首を傾げた。
そんな便利な能力なら、普通使う過程で倒れないと思うのだが。
しかしベインはそこまで考えてなかったらしい。先ほどまでの心配顔がまるで嘘のように今度は品定めをするかのような顔をレイピアに向ける。


「それなら少しばかり無理をさせても大丈夫そうだな、まずはこれから始めるか」


そういってベインは、どこからともなくレイピアの頭ほどの大きさの岩を取り出し、レイピアの背中に慣れた手つきであっという間に縛り付ける。
あまりの重さにバランスを崩して尻餅をつくレイピアだが、ベインはどこか楽しそうな顔をしていた。


「これからそれをつけて生活するんだ、起きてるときも寝てるときもな。俺が重さに慣れたと思ったら、一回り大きな岩に変えるからな」


うきうきと話すベインを意識しながら、なんとか立ち上がろうとするレイピア。
まさかこんなことになるとは。今のレイピアには、立ち上がるだけでも苦難に思えた。
がっくりとうなだれているレイピアに追い討ちをかけるように、ベインは線が引かれた森林の地図をおもむろに取り出して続ける。


「さぁ、走るところから始めるか」

「え。こ、これだけじゃないんですか?」

「それで終わりだと言った覚えはないぞ」


ベインの言葉を絶望的な顔で聞きながら、とりあえず立ち上がろうと必死に踏ん張っているレイピアを見て、笑いを堪えているスコーピウスに、タイムは蹴りを入れる。
しかしそんなタイムでさえ、レイピアには心なしかニヤついているように見えた。きっとこうなることを知っていたに違いない。
ベインに示された道を、すれ違うたびに頑張れと声をかけてくる武装集団に応えながら、走るというより歩くことに近い動きをしながらレイピアは確信した。







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