第十四話


レイピアがぼんやりと意識を取り戻したとき、ごつごつとした岩肌が顔に当たっているのを感じ、地面に仰向けの状態で寝そべっていることが分かった。
周りは物音ひとつせず恐ろしいほど静かだが、寝ている状態でも突き刺すようにびりびりとした殺気が立ち込めているのを感じる。
とりあえず様子を確認しようとゆっくり目を開いてみると、白衣を着た男の倒れた後姿が目に入った。スコーピウスだろう、ピクリとも動かない。
背後から衝撃音と地響きが走りレイピアが振り向くとブラデスの後ろ姿が見えるが、真後ろのレイピアには気づいていない。
ブラデスが顔を向けている足元にはタイムが倒れており、若干苦しそうに動いていることからまだ意識は保っているようだ。
素早くポケットに手を伸ばしてジルニクォーツを手にしようとするが、そこにジルニクォーツはなかった。


「さっきのゴーグルくんといい、なんなんだい君は」


ブラデスがタイムに向かって話し始める。


「僕が魔法に精通しているからわかるけど、君達は存在自体が不自然だ。
 その上君には僕と戦う理由なんてさらさらない上戦う気力すら感じないんだけど、なんで僕に逆らうんだい?」

「お前に話すと余計面倒だ」


タイムがため息交じりに呟くと、ブラデスはつまらなそうに首を振った後あと、鈍い音がしてタイムがうっと呻く。


「僕が君に聞いてるんだよ、わかるかい? 君の都合なんてどうでもいいし、関係ないんだよ。にしてもずいぶん丈夫なんだね、骨の折れる音すらしないとは」


そういってタイムの上にドサリと音を立てて腰を下ろしたブラデスは、左手をあげてもやを出し石のような何かを顔の高さまで掲げて見つめる。
ジルニクォーツだ。
うっとおしいハエでも見つめるような顔つきでじっとそれを見つめた後、舌打ちして煙を払うように手を振るともやが消えて、カランとガラスのような音を立てて地面に落ちてタイムのすぐそばで止まった。
なんとかジルニクォーツを手に入れなければならないがブラデスに見つかれば手に入れる前に殺されかねない。気付かれないようにするにはどうすればいいだろうか。


「薄々思ってはいたが、こいつは使い手を選ぶみたいだ。しかし僕を選ばない上破壊できないとは、不愉快なことこの上ないな」


とりあえず気付かれないようにレイピアがそっと起き上がっている間にもブラデスは独り言のように続ける。
レイピアのいる場所からはぶつぶつと呟いてる音しか聞こえなかったが、考え事でもするかのように顎に指を当て、ピンときたように指を立てた。


「使えるやつを殺しておくか」


ぐるりとブラデスの顔がまわって鋭い黄色い目がレイピアの方に向いた。
起き上がって移動していたレイピアを見て、ブラデスの顔が一瞬怪訝な表情になったが左手を素早く上げたのに反応してレイピアは前に飛び上がる。
耳元でヒュッと風を切るような音がしてさっきいた場所に亀裂が入り、爆発音とともに地面が砕け散った。
見つかってしまってはもう他にすべがない。ブラデスの真下にあるジルニクォーツのところに辿り着かなければ。
ブラデスが放ってくるもやをギリギリのところでかわしながらブラデスに向かって走り近づく。
スコーピウスさんならこんなこと喜びそうだな、なんてくだらないことを考えながら走っていると、ブラデスはにやりと笑って腕を真下にいるタイムの方へと向けた。


「止まれ」


ブラデスがすごみのきいた声で言い放ち、レイピアは従わざるを得なくなった。
ブラデスとの距離はもう3mほどにまで迫っている。攻撃されてももう避けることはできないだろう。


「やっぱり君たちは愚かだね。仲間同士でかばいあって、仲間が殺されたらそれを恨んで。
 でもさぁ、結局仲間が死んでしまうのはそいつに欠点か致命的なミスがあったからだって思わないかい?」


ブラデスはタイムの上で手を下にを向けたまま、マルティネアコアのついている杖を反対側の腕に引っ掛け手のひらを広げながら語る。


「死ぬのは所詮そいつがその程度の人間だってことだよ。
 僕は違う、マルティネアコアに選ばれ、死さえも恐れるような存在になったんだ。それこそ世界を手に入れないとおかしいだろう?」

「くっだらねぇ」


ブラデスの下でタイムがそう呟いたと思ったら、逆立ちをするような要領で上に乗っているブラデスを吹っ飛ばし、そしてさかさまの状態で手首をひねって回転しジルニクォーツを勢いよく蹴り上げた。
レイピアは咄嗟にジルニクォーツに飛びついてバリアを張り、ブラデスが不意を突かれつつも放出したもやから身を守る。タイムもなんとかそれを避けられたが左から黄色い大きな物体にぶつかり吹っ飛ばされる。


「マーティくんもうそいつも喰ってしまえ!」


ブラデスがマンティコアに向かって叫ぶがレイピアはブラデスの言ったことが耳についた。


そいつ“”?


地面に数回はねて転がったタイムを、マンティコアは大きな口を開けて地面ごとかぶりついた。満足そうに岩を砕くバリボリと大きく音を立てるその口から赤い液体が滴り始めて―――――


「うわあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


ジルニクォーツを握りしめて、レイピアはマンティコアに向かって殴りつけるような動きをすると、星が大量に集まって空中に大きな握り拳を作り上げ、マンティコアに向かって思いっきり殴りつける。
殴ったような衝撃が体中に走り、マンティコアはその顔を大きくゆがめて地響きとともに地面に倒れた。しかしレイピアはそれにも構わずただひたすらマンティコアに向かって拳をつくり殴り続ける。
マンティコアが傷ついた体を修復していくが連続で攻撃を受け続けだんだんそれも追いつかなくなってきた。少しずつ傷ついた肉に皮膚が再生されなくなり、マンティコアは倒れたまま苦痛に呻きはじめた。


「ほら、やっぱり愚かだよ。仲間が殺されたのはそいつが単純に弱かったからだろう、マーティくんのせいじゃないよ」


やれやれといった口調でブラデスが呟き、レイピアに向かってもやが飛んできたが、レイピアは星で作った手を振りそれを払う。
ぐしゃぐしゃの肉塊に変わり果てたマンティコアは、もう魔力を使い切ったかのようで再生しなかった。


「やっぱり実験段階のマーティ君じゃ2回死んで復活するのが限界なのか。で、君もそろそろ体力使い切ったんじゃないのかい?」


そういってブラデスはレイピアに向かってもやを大量に放出するが、レイピアはさっきと同じ要領でそれを払う。
胸が苦しく、荒い息をしていたがそれは疲れていたからではなかった。目頭が熱くなり、頬にも熱いものが伝う感覚があったが、レイピアはそれも無視してなんとか落ち着こうとしていた。
相手の攻撃は通じず、この様子からレイピアの攻撃もきっと効くだろう。問題は冷静さを欠いて相手に隙を見せれば必ずそこを突かれることだ。
だがマンティコアを何度も殴っても落ち着くことができなかったレイピアからしてみればこれは限りなく無理に近いことだった。
ブラデスはそんなレイピアに向かってにっこりと笑って言い放った。


「あとはあの狂ったゴーグルくんかな」


レイピアの中で抑えていた何かかが音を立てて切れた。
なにをしているのかもわからず、ただ怒りに任せてブラデスに向かって星の拳を振り下ろし、ブラデスももやをつくってそれに応戦する。
ぎりぎりと少しずつブラデスの方に押していくなか、ブラデスはレイピアの顔を見て大きな声を立てて嘲笑い、レイピアの後ろの方に顎をしゃくった。


「ほら、見なよ。君の努力もどうやら無駄だったみたいだね」


その声につい振り向くと、マンティコアが傷だらけの状態で首をもたげもぞもぞと動き始めていたところだった。
さらにその隙をついたブラデスの攻撃でレイピアは後頭部に衝撃を感じ、気が付いたら地面に叩き付けられていた。
慌てて振り向き立ち上がると、マルティネアコアが不気味な色を発しながら震えだし、雲が渦巻くようにもやがもくもくと溢れ渦巻き始める。
そして強風にあおられたかのように一気にレイピアの方に向かって襲い掛かり、レイピアはバリアをつくってとりあえずそれを防御する。
だが防いでばかりでもしょうがない、後ろからいつマンティコアが復活して襲ってくるとも限らない。攻撃しなければ。
レイピアがそう思ったとたん、バリアから流れ星のように星が無数に散らばり始め、星が当たるともやはパシュンと音を立ててはじけて消え、ついにもやは全て消え去った。
ブラデスは起こったことが信じられないような顔で呆然と立ち尽くしていたが、マンティコアがガザガサと音を立て始めたのを見てまた笑い始める。


「マーティくんの食欲は底なしだからね、いくら怪我しても復讐よりもやっぱり食欲の方が勝っちゃうから。ほらこいつも食べていいよ、マーティくん」


ブラデスがそう叫んだ途端、マンティコアの頭部がビリッと裂け、大きな音を立てて地面に落ちたマンティコアの頭部の中からべインを担いだタイムが現れた。
血まみれだったがどれも傷は浅そうで、気を失っているべインを軽々と担いで地面に降ろし、疲れた様子でその隣に腰を下ろして、呆然としている二人の方に何でもないような顔を向ける。


「コアを狙え、レイピア」


ブラデスがその言葉に反応するかのようにもやを作りコアの周りに漂わせたが、レイピアは数秒呆然とした後、ブラデスににっこりと笑顔を向けて言った。


「くたばれ」


右手を握りしめてそれと同じ形の星を作り上げ、もやごと杖についているマルティネアコアに叩き込んだ。
バキッという音とガラス球を割ったような感触。コアの中心から赤い煙のようなものが一瞬だけ吹き出し、マルティネアコアは真っ二つに割れて杖からごろんと落ちた。
コアの残骸を見つめ、ゆっくりと視線をタイムに向けると、よくやったというようにタイムは右手を握って親指を上にあげる。
低い呻き声が聞こえそちらの方を向くと、ブラデスがミイラ中身のように皮膚が黒く萎れ始め、それは次第に全身に回り、やがて黒い骨になりばらばらに砕けて消えた。


ようやくおわったのだ






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