第六話


洞窟の壁をぶち破って現れたその男、スコーピウスは、体を斜めにしてビシッと決めポーズをとる。
そして、瓦礫からぞろぞろと這い出してくるゾンビや、入り口から出てくるガーゴイルを見て、歓喜の声を上げる。


「きたきたきたぁっ! スリリングタァイム!! なんですか、まさに俺のために用意されたかのようなこの状況はぁっ!?」


ゾンビを見ながら、ぞくぞくしたように気味の悪い動きをするスコーピウス。
レイピアたちの事は完全に眼中にないらしく、呆然と見つめていることにも気づいていない様子だった。
ゾンビやガーゴイルたちも突然の人物到来に、状況理解をしようとじっと見つめていた。
タイムはその隙を見逃さずにそっとベインに耳打ちをする。


「怪我人ってのはそこの洞窟の先の方にいるのか?」

「あ?あ、あぁそうだ。その先の小さな開けた所に集まっているが……」

スコーピウス!!


ベインから聞くか聞かないかしないうちに、タイムが男に向かって呼びかけた。
きっとこの人がタイムの探していた人だと、レイピアは理解する。
レイピアもベインも、ゾンビたちですらタイムに視線を集中させる。
そしてスコーピウスは、タイム達がそこにいたことに初めて気がついた。


「お、おぉぉ、タタタタイム、こ、これにはわけがあって」

「話は後だ。こっから右側の洞窟以外なら、お前の好きなように暴れて構わない」


タイムを見つけてしどろもどろになっていたスコーピウスが一瞬きょとんとする。
数秒確認するようにタイムを見つめた後、太陽のような笑顔で絶叫した。
突然の絶叫に面食らうゾンビを無視して、彼は顔を伏せ勢いよく右手をあげる。
すると彼の後ろに、光る円形の魔方陣のような模様が現れた。
スコーピウスより一回り大きい魔方陣は、回転しながら彼の後ろに漂う。
魔方陣からただならぬ空気を感じ取ったゾンビとガーゴイルは、一斉に彼に向かって襲い掛かった。


きたぜきたぜきたぜぇっ!!


にやりと笑い、ゾンビが触れるギリギリ一歩手前で、魔方陣と同じ大きさの青白い光線が放出された。
耳を劈くような轟音とともに、あたり一面が真っ白になっていく。
レイピアが気がついたときには、ゾンビもガーゴイルも広場の半分ごと消し飛んでいた。
すぐ側にあった湖は水蒸気に変わり、洞窟の奥の岩壁はまるで新しい道が作り出されたかのように、筒状に丸く赤く焼き貫かれていた。
ゴソゴソと動く音が聞こえレイピアが振り向くと、ベインと男達が起き上がるところだった。
タイムの方を見ると、息切れをしながらスコーピウスを睨み、こっちの事も考えろとブツブツ文句を言っている。
どうやら全員タイムに洞窟出口に突き飛ばされて、間一髪の所で助かったようだ。

ゴリゴリと岩を引きずるような音が聞こえ振り向いた。
どうやら入り口付近とその後ろにいたガーゴイルは無事だったようで、形の変わった足場を転げながらスコーピウスに向かっていく。
すると何を考えたのか、スコーピウスはそのガーゴイルたち目掛けて走り出し、降りかかってくる攻撃を踊るように避け始めた。


「あいつは何を考えてるんだ?」


紙一重で攻撃をかわすスコーピウスを見てベインがタイムに聞く。
いつの間にか立ち上がり、腕を組んで壁に寄りかかっていたタイムはやれやれと首を振った。


「戦いとか、そんなのどうでもいいんだよ。アイツはただスリルを求めているだけさ」


ガーゴイルからの攻撃を激しく踊り狂ってよけているスコーピウスを見て、変な人だとレイピアは思った。
だが先程の光線の威力を目の当たりにして、何を起こすかわからないとタイムが探していたことにも頷ける。
攻撃が当たる直前で、スコーピウスは手を上げ魔方陣を目の前に出し、洞窟の入り口目掛けて光線をまたぶっ飛ばした。
狭い洞窟内で逃げ場もないガーゴイルは、そのまま洞窟内の岩壁を削り取る程の太い光線に焼かれて黒焦げになっていった。
しかし入り口から飛び出した一部のガーゴイルが不意に突っ込み、スコーピウスに直撃する。
数メートル吹っ飛ばされるも、奇声を発しながら笑みを浮かべるスコーピウスを見て、レイピアは危ない人だとより確信した。



これは一体どういうことだ?


洞窟入り口の陰に隠れて、その男はスコーピウスの様子を伺っていた。

男の肌は鮮やかな赤で、それを黒い紋様が覆い尽くし、頭には小さな角が2本生えている。

着ているローブも赤黒く、かなり着古しているかのようにボロボロだった。


計画では反勢力も潰し終え、ジルニクォーツもとっくに破壊しているはずだった。

充分な量のガーゴイルに、わざわざゾンビまで用意したんだ。


それなのにこの有様はなんだ。

ゾンビは全滅し、ガーゴイルも半数までに削られている。


見たところ、よくわからない動きをしている男が相手の主力のようだ。

先程からの攻撃の様子からして、かなりの力を持っているのだろう。

このままガーゴイルに攻撃を続けさせても、無駄に数を減らしてしまうだけだろう。


気に障るが、一旦退却するか。




「あ、あれ?」


スコーピウスが光線の攻撃2発、敵から3回程攻撃を受けた後、ガーゴイルが少しずつ逃げ始めた。
逃がすかとばかりに後を追いかけようとするスコーピウスの白衣を、タイムががっしりと掴んで空中に放り投げた。
空中を弧を描いて地面に叩き落され、呻き声を上げるスコーピウス。
タイムはその顔の真横に足を叩きつけ、無闇に追うなと睨みつけながら呟く。
スコーピウスは一瞬痙攣したような動きをした後、ガクンとうなだれた。


「なんとか助かったか……」

「ま、あの様子じゃ体制立て直しのための撤退だろ。またすぐ来る」


だろうなとベインは同意し、怪我をした仲間のところへ現状報告をすると先へ走っていった。
またあんなのと戦うことになるのか、ガーゴイルが去って緊張が解けた途端、膝を着いて呆然とするレイピア。
その視線の先には、スコーピウスに黒焦げにされたゾンビに化していた人々がいた。

ただ脅えてタイムにしがみつくしかなかった。
皇帝を倒せるほどの力を持ったジルニクォーツだって持っているのに、結局何も出来なかった。
これじゃあ、ただの足手まといじゃないか。


「おい、大丈夫か?」


呆然としていると、タイムさんが心配そうに話しかけてきた。
数秒黒焦げになったゾンビを見つめた後、ゆっくりと立ち上がり、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。


「タイムさん、ただの旅人なのに、どうして二人ともそんなに強いんですか?」

「あぁ?」

「それに、ジルニクォーツのことも知ってたし。一体二人は何者なんですか?」


タイムは少し困ったかのように、また頭を掻いて髪をぼさぼさにする。
スコーピウスもなんだなんだとこちらに様子を見に来た。
チカチカと不気味に光るゴーグルにじっと見つめられるが、レイピアも負けじと見つめ返す。
するとスコーピウスは、ガーゴイルと対峙した時と同じような、嬉しそうな顔をした。


「なんだかよくわからねーが、面白いことになってるみてーだな」

「まぁな。だがレイピア、悪いがさっきの質問、今は答えられそうにない」

「どうしてですか、僕が聞くには弱過ぎるからですか?」

「別にそんなこと言っちゃいねぇが」

「せめて、せめて足手まといにならないくらいに強くなりたいんです」


レイピアはそう言って拳を握り締めて、じっと二人を見つめる。
戦うのは怖いけど、誰かを頼ってばかりじゃダメなんだ。誰かの後ろに隠れてばかりじゃダメなんだ。
決意したようなレイピアの様子に、タイムとスコーピウスは数秒顔を見合わせた。


「なぁーんだい少年、強くなりたいのかい? なら最初から素直にそう言やいいのに。
 天才マッドサイエンティスト、スコーピウス様がじっくりと教えてやるぜぇ?」


スコーピウスはそう言ってニヤニヤと笑いながら、レイピアの髪をくしゃくしゃにする。
レイピアです。と言いながらも困惑したような、恥ずかしそうな顔をした。

そして、マッドサイエンティストってなんですか、とレイピアが聞くと、落ち込んだようにうなだれる。
レイピアにもたれかかったままタイムの方を向いて、絶望的な顔をして聞いた。


「ここは科学はあんまり発展してねぇのか?」

「魔法が発展してる分、科学は対照的に発展してない。見た限りでは」


マジかよと文句を言って、また謎の動きをはじめるスコーピウスを無視し、タイムはレイピアを観察するように見た後、腕を組んで考え始めた。
レイピアは聴きなれない言葉を考えながらも、スコーピウスを振りほどく。


「強くなりたいねぇ……」

「ジルニクォーツだってもってるのに、僕はなにも出来なかったから」


少しでもいいから、戦えるようになりたい。レイピアはただそう思っていた。
そんなレイピアを、タイムは無表情に見つめ、たった一言語りかけた。



「なら逆に聞くが、お前には何が出来る?」






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