第九話


なんでよりによってあいつが。
レイピアが元いた世界で数千年に渡ってまるで遊びのように人を殺し続けた男、ブラデス。
でもあいつは確かにこの手で殺したはずだ。
あんな死に方、そう簡単には忘れられやしない。

「なるほど、記憶がないわけだ。乗っ取って操ってたって訳か」

溜め息交じりに首を鳴らしほぐしてタイムが吐き捨てた。
いつものようにだるそうにしているが目だけは警戒するように周囲の幽霊をざっと眺めている。
乗っ取っていた、このフレーズでレイピアもピンときた。
確かにそれならここにいることにも納得がいく。

「幽霊になってまでまだ人に手を出してるんですか? 懲りないんですね、まったく」

皮肉を込めたレイピアの言葉に、ブラデスはしゃっくりのような笑い声をあげた。

そうだ、簡単なことだ。
今回の種のカケラは幽霊を召喚するもの。
死んで幽霊と化したブラデスが何らかの方法で校長の体を乗っ取り、幽霊を操っていたというわけだ。

「おいおい、私は呼び出されて現れたんだぞ?
 それなのにコイツの口から出てくるつまらないことといったらもう。
 生徒が言う通りにしない、教師どもは影でコソコソと悪者扱いする。だから怖い目に遭わせてやりたいと。
 小者臭ったらもうないね!
 まぁ暇つぶしにはちょうど良かったよ、人の悲鳴というものにはなかなかそそられるものでね。
 だが所詮暇つぶしだ、そろそろ飽きてきていたところだったんだが、その愚か者には感謝しなくては」

ニタニタ笑いながらブラデスが手を前に構えると、以前使っていた杖がどこからともなく現れた。
マルティネスコアがついていた部分だけがぽっかりと空をかいている。
レイピアはとっさに困惑の声を漏らしていたキアラを守るようにすっと前に躍り出た。

「お陰で私を殺した相手を殺し返すことができるからね!」

ブラデスがそう叫んで大砲のようにレイピアに向かって突っ込んできた。
準備の出来ていたレイピアは流れるような手の動きで壁を作り上げてそれを防いだ後、素早く星の拳を作り出してブラデスに向かって振り下ろす。
しかし当たる直前でブラデスは黒い煙に変わってそれを避け、煙のままレイピアの隣に回り込み、実体化して杖を振り下ろした。
体を屈めて杖を避けた後、両手を突き出して銃の動きで星の弾丸を飛ばすが、ブラデスはまた煙に変わり、種のカケラの近くまで移動した。

「なるほどね、少しは芋虫並に成長したと見える。
 だが君達、相手が私一人だと勘違いしていないかい?」

実体化したブラデスが杖をこちらに向かって勢いよく向けると、漂っていた幽霊が一斉に飛び掛かってきた。
星の球体を作ってしのごうとするものの、多勢に無勢。すぐにビシビシとヒビ割れる。

「レイピア、今回はお前に任せるぞ。
 キアラ、援護だ。その銃なんとか使いこなせよ」

星の球体がガラスのように砕けた瞬間タイムが叫んだ。
どうやってしまいこんでいたのか、足に付けたカバンから以前使っていた刀を取り出すと、一振りで周りに群がっていた幽霊を一掃した。
今だというタイムの掛け声に、一瞬できた隙間をかいくぐってブラデスの方へと直進する。
両手を後ろにまっすぐ伸ばして星をロケット噴射のように飛び出させて勢いをつける。
ある程度の距離まで進むとタイムの一撃を免れた幽霊が土石流のように襲ってくる。
背後からの銃声、あと数メートルの所でキアラが放ったスコーピウス製の銃弾が幽霊を捉えて霧散させた。

ブラデスが今度はレイピアの背後に向かって杖を向け、幽霊はレイピアを素通りするようになった。
背後からキアラの銃声とタイムの刀が空を切る音が聞こえる。
一瞬躊躇するもののすぐに冷静さを取り戻す。今振り返ったらダメだ、二人を信じるんだ。
そう自分に言い聞かせてそのまま構えていたブラデスの杖にに向かって突っ込んだ。

「君は本当に愚かだね、一度死んだ人間をどうやって殺すつもりだい」

「あるべき場所に葬るだけですよ、さっさと消えてください」

ぶつかった衝撃で火花が飛び散る。それでも押し切られまいと必死に抵抗する。
ブラデスが杖を上に振り上げて攻撃を断ち切り、そのまま杖を回転させて下から突き上げる。
身を横に引いてかわし、続けてきた杖の柄での攻撃を左手に星を集めて受け止める。
一瞬動きが止まったのもつかの間、ブラデスはそのまま杖を引きあいている方の手で掌底をかけた。
対応が間に合わずレイピアの顔面真正面から受けて目が眩むも、両足と左手に力を込めて踏ん張る。

今度はレイピアが杖を引っ張り返し、ブラデスの腹部にあらんかぎりの力を込めて拳を叩き付けた。
鈍い音と同時にブラデスの口から微かに空気が漏れるような音が聞こえるが、顔は依然としてせせら笑っていた。

どうした、その程度かと言わんばかりに。

当たり前だ、レイピアの力だけの拳に攻撃力がないことは他でもないレイピア自身がよく理解していたのだから。
左手に集中させていた星を今度は右手に素早く移動させ、あらんかぎりの力を込めた。
強烈なエネルギー体となった星の塊にブラデスが察したときには既に遅く、それはブラデスの中心で爆発した。

「馬鹿だなぁ、こんなことしたって既に死んでいる私に大したダメージは耐えられないよ?」

腰回りの腹部から胸、果てには右肩までに届くほどの大きな穴がブラデスの体にぽっかりと空いた。
だが当の本人は蚊に刺された程度にしか感じていないらしく、傷口から本来出る筈の血の代わりのような黒い液体を垂らしながら嘲笑った。

「問題ありませんよ、僕が任されたのは貴方の相手じゃない。」

ブラデスがハッとして背後を振り返って数秒、風船が割れるような弾ける音と共に、幽霊を召喚していた種のカケラが砕け散った。
レイピアがさっき放った爆発の目的は最初からブラデスではなく、その背後にあるあのカケラを打ち砕くことだったのだ。
カケラが砕けて細かい破片になり、光を失うと同時に、ブラデスの体は揺らめいて次第に透けていく。
どうやらもうこちらに攻撃できないらしい。ブラデスは大きく舌打ちした後首をかしげてこちらを振り向いた。

「悔しいなぁ、予想以上の成長だね。でも、僕は諦めないから。
 君とはまた会える気がするよ、殺す相手の名前を聞いてもいいかい?」

「…レイピア。レイピア・タッカー」

こんな奴に答える必要なんてないはずなのに、ただなんとなく自分の名前が口からこぼれ出た。
狂気じみた笑身を浮かべたのを最後に、ブラデスの姿は見えなくなった。
また会える気がする、最後にそう述べた彼の言葉はおおよそ間違いではないだろう。
遅かれ早かれまた会うことになるような予感はレイピアも感じていた。こちらとしてはできれば勘弁願いたいのだが。

「…直感って、移るものなのかな」

「ちょっと!わけわかんないんだけど終わったのよね!?
 しっかり説明してもらわないと気が済まないわよ!!」

背後にいた幽霊の集団もとっくに消えていたらしい。
物思いにふけっていたレイピアはキアラの全力怒りを込めたハイキックを避けることができず、後頭部に直撃してそのまま伸びてしまった。





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