第五話


警告する暇さえもなかった。
慣れた手つきで扉を音もなく押し開くと、空中に浮いたままするりと中へ滑り込み、近くの書類の影に音もなくそっと着地する。
物陰から周りを確認してみると、秘書のような女性と大柄な男性が二人だけで、どうやら侵入したことには気づかれていない様子だった。

「逃亡した生徒1名は目下捜索中、他の生徒は地下施設に収容しました」

「ブラックリストに載っていた生徒を多数捕まえられたのは大きいな。
 これでしばらくは校内も静かになることだろう」

周りの書類を軽く目で眺めて幽霊に関する資料はないかと探していると、おそらく自分たちの事であろう会話が聞こえてきた。
地下施設に収容、なんだか重々しい内容だがさっきタイムが大丈夫だと念押ししたのだ、きっとなんとかなるだろう。

「あと、他教師たちからも幽霊についての目撃情報が入ってきているみたいですが」

「そんなものありはしないのだ、放っておけ」

しかし、という女性の声を押しとどめるような男性の声。
おそらく会話からして男性の方が校長だろう、幽霊のことに関しては把握していないのだろうか、頑なに否定する声が聞こえた。
そういった会話を耳にしながら周りの書類に軽く目を通してみる。
要注意生徒、宿題提出報告書、成績表、授業内容など、どれをとってもさほど重要そうな情報は見当たらない。
タイムも離れたところで同じように書類の束をあさっていたが、こちらも収穫はない様子で、眉間にしわを寄せたままであった。

二人はしばらく書類をあさっていたが、結局ここには何の情報もないと結論付けざるを得なくなったため、入って来た時と同じ要領でそっと校長室を後にした。
校長室から声の届かないまで十分に離れたところでタイムがようやく声をかける。

「弱ったな、あそこには多分何かあると思ったんだが」

「これからどうします?」

「そうだなぁ、せめて幽霊の出没範囲さえわかれば探す場所を特定できるんだがな」

タイムの言葉に首をかしげていると、それを察したかのように説明し始める。

「今回の種のカケラは召喚型。異次元から別の物体、この場合は幽霊だが、それを召喚するだけなんだ。
 問題は使えるやつの手に渡ってるって事かな、あちこちで幽霊が出没していることを考えれば使えるやつが持ち去ってあちこちで召喚してるってことになる」

なるほど、幽霊の出没範囲を絞れば種のカケラが使われた場所の大体の特定ができるわけだ。
そういえば、とレイピアはおもむろにさっき校長室からこっそり失敬した学園内の見取り図を取り出し、大雑把に丸印を書き始める。
キアラと共に行動していたため、幽霊に関する目撃情報が自然と集まっていたのだ。その様子を見たタイムもそっと横から見取り図に目を向ける。


しばらく書き込んでいると、幽霊の出没範囲がある一定の場所を取り囲むようにして発生していることに気付いた。


「旧校舎が中心になってますね」

「知ってるのか?」

「知り合いに聞いたんです。今は使われていないので封鎖されているらしいですが」

打ってつけの場所じゃねぇかとタイムが一人呟いた。

旧校舎は専用の渡り廊下を通ったところにある。強引に封鎖したようにあちこち木の板が乱雑に打ち付けられて、床には埃がカーペット程に分厚く降り積もっていた。

「つい最近誰かがうろちょろしてたみたいだな」

埃には数人分の足跡があり、扉に打ち付けられていた板は強引に引き剥がされて床に放り投げられていた。どちらも痕跡からして新しい。
しばらく辺りを注意深く観察していたタイムがおもむろに扉に手をかけると、扉の方を向いたまま手で近くに来るようレイピアに合図してきた。
タイムに指図されるままに扉に近づいて触れてみると、木製でできたはずの扉がまるで氷づけされたかのように冷たくなっていた。


間違いなく中に何かいる。


ジルニクォーツにそっと手にかけて合図を送ると、タイムはゆっくりと扉を開いた。
扉の先は古びたホールのようで、ボロボロになった垂れ幕があちこち欠けた状態でひらひらと不気味に漂う。
それに同化しているように、少なくとも10数体の幽霊が円を描くかのように空中で輪になってゆっくりと回転しており、その中心には完全にピクニック状態で
昼を並べている場違いな二人組がいた。

「……なんで?教師に連れていかれたじゃない。私はロビンと二人でいたいだけなのに、なんで」

ロビンに引っ付いていたシオンが二人を見つけた途端、顔を俯かせてゆっくりと立ち上がり、幽霊たちも同調するかのように円を小さくしていく。

「なんであんたはそれを邪魔するわけ!?」

「幽霊の方は任せたぞ!」

目を真っ赤にして突っ込んできたシオンに対応するようタイムも頭から突っ込んでいった。二人は空中でぶつかりビシリと床にヒビを入れ、衝撃波が辺り一帯に広がる。

「なにしてやがるさっさと幽霊ぶっとばせレイピア!」

そのまま繰り出される連続拳に素早い動きで対応していたタイムが叫び、ハッとしてジルニクォーツを握りしめた。
銃を握るような感覚で手を丸め、狙いを定めるとそのまま星の弾丸が無数に発射され、幽霊1体1体を確実に仕留めていく。
数が多い分かなり厄介ではあるものの、幽霊はシオンを取り囲むように空中に浮いているだけで何もしてこない。
なんだか変だな、と少し訝しく思うレイピア。

「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔よ!!」

連続拳からの回転蹴りをタイムは避けることもなくそのまま受け止め、あまりの衝撃に真後ろに吹っ飛んで木製の壁の中にめり込んだ。
だがシオンはそれにも構わずそのままタイムの方へ突っ込み、拳を振り下ろすと鈍い音とかすれた声が聞こえた。
シオンから繰り出される追撃を防御することなく受け続けるタイムにレイピアは声をあげた、タイムの口と額から血が流れて落ち始めたとき、タイムは大きくため息をついて吐き捨てた。


「だから嫌なんだよなぁ、手加減できない相手ってのは!」


振り下ろされたシオンの両手をがしりとつかむと、バキンと大きな音がしてシオンが大きく悲鳴を上げる。
そのまま腕を引いてシオンの体を引き付けたかと思うと、彼女の体が一瞬大きな衝撃で震え、気が付いた瞬間反対側の壁から大きな音が響いた。
振り返るとシオンの体がそこにあり、気絶した様子でそのままずるずると壁伝いに崩れ落ちた。

「シオン!」

ロビンが青ざめた顔で彼女に駆け寄るのを見つめなが幽霊を倒し終えたレイピアがタイムの傍に駆け寄る。
タイムの方は見た目こそ酷いがそこまで重症ではないらしく、手を貸そうとしたが軽く首をかしげて断られた

「悪い、本気でかかってくるもんだから加減ができなかった。両腕は確実に折ったし肋骨も数本折れたかもな」

なるべく内臓破裂はしないよう努力はしたんだが、とぼやいている。どれだけ人間やめればそんな器用なことができるんだ。

「君達はどうして俺たちに構うんだよ、幽霊のことに関してやっているなら見当違いだぞ」

気絶したシオンを抱えながらロビンに睨み付けられる。
見当違いという言葉にレイピアは動揺してタイムの方を見るが、タイムも同じように動揺したのか少し表情が硬くなっていた。

「シオンは幽霊に好かれやすいだけなんだ、やたらと周りに集まってくるし。でも俺たちには危害は加えないしそれなりに言うことも聞いてくれる。
 だけど彼女が誤解されるのが嫌だったから幽霊に人を襲わせないよう僕はできる限り頼んでいたし彼女もその通りにしていたんだよ。」

それなのに、とぐったりしているシオンを抱えてロビンはその場から立ち去っていき、残ったのは戦った後の残骸と、気まずい空気だけだった。





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