第四話


昼過ぎだというのに光一つなく、先に進めば進むほど闇に吸い込まれそうな長い階段。足一つでも踏み外そうものならその闇に一気に飲まれてしまうようなそれを、ぞろぞろと列を作って静かに進んでいく。
子供心ながらやはり大人には逆らえないところがあるのだろうか、先程の戦いの活気が嘘のように小さく縮こまっている低学年の中にレイピアはいた。
低学年を率いているのは女性の教師一人のみで、レイピアからすれば気絶程度に済ませてここから脱出することも出来る。だが、とレイピアは眉をひそめた。

ここを切り抜けることは怪物を倒すより遥かに簡単ではある、だが切り抜けたとしてそこから先どうすればいいのだろう。
教師に捕まっているだけでも最悪なのに、この教師を攻撃したりすれば状況がもっと酷くなるのは目に見えている。かといってこのままただ黙ってこの先従うのも少し怖い。
ちらりと隣を進むキアラの顔を見るが、真っ青で今にも倒れそうな顔だ。こんな状態の彼女を見れば、この先にあるのは少なくとも天国ではないだろう。

こういう時あの二人なら、タイムとスコーピウスならどうしただろうか。

スコーピウスの場合絶対攻撃する、だが彼の行動は状況を悪くしかしない。これは絶対に参考にならない。
ならタイムはと思考を巡らせてみるが、よくよく考えればタイムはスコーピウス以上に行動が読めなかった。
空を飛んで仲間を探したと思えば途中でやめたり、戦うと見せかけて敵に食べられたり、ジルニクォーツの使い方を教えると言ったのにいきなりやめると言い出したり。
コロニーの中で別空間に移動していた間も、スコーピウスとは話はできたものの、タイムは適当な場所で横になっているか林檎を食べているだけ。
勘がよくどちらかというと動物的本能で動くためあまり考えたりしていない。スコーピウスからタイムについてこれだけは聞くことができた。
本能で動いているのならどっちにしろこれも参考にならない。だとすればやはり自分で考えるしかないのだろうか。

これといった良い突破口も思い浮かばずにレイピアが唸っていると、突如として雷鳴のような体に響く。
爆発とも思える衝撃が襲い、黒い大きな虎のようなものがレイピアの真横の壁を突き破ったかと思うと腕にはたかれるような痛みが走り、胃袋が浮き上がるような感覚。
なんだか前にも似たような感覚を味わったことがあったような。
たしかあのときはジルニクォーツを手に入れようとしていた人たちに……

「ってまた誘拐ですかい!」

レイピアが良く響く声で突っ込んだ時にはもう黒い大きなものの後ろに座らせられていた。
黒い生き物のようなものの上には鞍があり、カウボーイハットをかぶったガラの悪そうな高学年が乗っていて、叫んだレイピアを見てニヤッと笑う。
後ろから続々と同じような黒い大きなものに乗ったカウボーイハットの集団、よく見てみるとそこには低学年らしい姿も交じっている。
黒いものは胃の中まで響くほどの唸り声のようなものを轟かせ、二人を乗せたまま目の回るような勢いでその場をぐるぐると回転し、周りとの距離を作っていく。
キアラの悲鳴と教師の怒鳴り声が聞こえたのもつかの間、黒いものは恐ろしいスピードで階段を登り始めた。
脳が頭蓋骨に激しく打ち付けられる様に階段の段差で体がガクガクと揺られ、一瞬にして廊下まで到達する。薄暗い階段にいたため陽の光で照らされた廊下に目が眩んだ。
そのまま黒いものはくねくねと這うようにして廊下をどんどん狭い方へと進んでいく。
階段の縦揺れに曲がり角での横揺れ、昼食を終えてすぐだったこともあり、胃から液体のようなものがこみあげてくる感覚に襲われる。

「そこで吐くなよ、吐いたらぶっ殺すからな」

目の前に座っているカウボーイハットの青年がドスの効いた声で凄む。ならもう少しぐらつかないよう安定させてくれないだろうか。
そう思っていたそばから黒い大きなものががくんと不自然に前に傾き、カウボーイハットの背中にびたんとぶつかり、正面からまっすぐ落ちるように真下に向かって走り始める。
頼むからこれ以上激しい刺激を与えないでください。だがレイピアの願いもむなしく、黒いものの前方が急にぐらりと浮き上がり落下スピードのまま普通の地面を走ったかと思うと、ヘアピンカーブして悲鳴のような音を立てて止まった。
なんとか黒いものにしがみついて落下は免れたものの、連続した動きのせいで頭の中がシェイクされたかのようにぐるぐるとまわる。
落ち着く暇もなく襟首を掴まれ強引に降ろされるが、どこが地面かもわからず変な方向に体が傾き大きな音を立てて無様に倒れた。

「おい、なんか変なモン付いてきてんぞ」

「地下牢の階段にいた奴らから適当に連れてきた。ノリで」

ざまぁみろとでもいうような軽い歓声と品のない音が続き、他のやつも助けてやれよと笑いこけながら突っ込む声。
二重になっていた視界がだんだんとはっきりしていくにつれて、レイピアは周りすべてカウボーイハットを被った人間であることに気付く。
黒いものに腰掛けたり床に座ったりしてくつろいでる彼らの中には女の子の姿もちらほらあり、一緒になって下品な仕草をして大声で笑っている。
年齢層も様々で最低学年から最高学年までいるようだが、そこにはこの世界に来てからずっと見てきた学年による闘争心は皆無だった。

げらげらと仲良く笑っている彼らを尻目に今度は周りを確認してみる。見慣れた低学年の姿はなく連れて来られたのはレイピアだけのようだ。
ついさっきまで黒い生き物だと思っていたものも、よく見たら黒いごてごてした装飾が重なるようにつけられた乗り物だと気が付いた。
床はコンクリートのようにざらざらして、松明で照らされた壁を見るとガラクタごちゃごちゃに積み上げられ、天井はドームのようで穴を掘ったような窪みがあり、そこから顔だけ覗いているカウボーイハットの姿も確認できた。

「ここってもしかして、スクラップ置き場の真下?」

「俺らみたいなドブネズミにはお似合いの場所さ。慣れれば天国だけどな」

笑い続ける彼らの一人にレイピアがそっと質問すると、近くにいたサングラスをかけたカウボーイハットが軽く答えてくれる。
ドブネズミ、キアラから聞いた話によればいわゆる成績の悪い落ちこぼれ生徒の集団だ。彼らの話ぶりからすればここはどうやら勝手に掘リ進めたようで、教師にも生徒にも知られていないらしい。
地下牢に入れられるの嫌だったり、成績のいい生徒ばかりのクラスに馴染めなかったりで逃げてきた生徒の集団で、そのため学年もバラバラなのだ。
始めはおずおずとした調子でいたレイピアだが、戦いばかりでピリピリした集団に慣れていたためか、ここの空間には下品ながらも仲のいい暖かさを感じた。でもいつまで笑い続けるつもりなのだろうか。

「で、まだ間抜けた恰好で横になってるつもりか」

真後ろからの突っ込みでレイピアは自分が足をクロスして両腕を広げた状態で倒れていることに気が付き、落ち着きかけていた周囲がまたどっと笑い返った。
顔で完熟の目玉焼きが焼けるだろうと思うほどの熱を発しながら慌てて立ち上がり、声のした方向に振り向き溜め息まじりに声をかけた。この男と間違えそうな低い声には聞き覚えがある。

「タイムさん、探しましたよ」

そこには黒い乗り物にもたれかかって腕組みしているタイムがいた。レイピアの呼びかけに答えるように肩をすくませそりゃどうもと呟いた。
とにかく話をしようとレイピアがタイムに近寄るとタイムの真横からカウボーイハットがタイムの首に腕を回して体重をかける。

「お前タイムっていうのか。なんだよ一言も口きかねーからしゃべれねーのかと思ってたわ」

ゲラゲラ笑って親しげに話しかけているカウボーイハットはおそらくレイピア自身をかっさらった男子生徒だろう。一方タイムはかなりめんどくさそうな顔をして眉間にしわを寄せる、イラついてる顔なのだろうか。
多分このカウボーイハット少年はタイムが男だと思って接しているのだろう。でもタイムはこう見えても女である。女子力皆無ではあるけど、女である。が、この状況じゃとても言いにくい。

「幽霊退治できる人間を俺は初めて見たわけだ。
 お前が味方になってくれたらもう夜中にトイレに行くとき怯えずに済むんだけどなぁ、タイム?」

言えない、タイムが女であることなんてこんな状況では言えない。言ってしまった時の空気は気まずいなんてものではないだろう。

「あの、知り合いが地下牢に連れていかれたんですけど、どうすればいいでしょう?」

「よし助けに行くぞすぐ行くぞ今行くぞ」

話題を変える目的で今一番の問題を話す。なんだかキアラ達に少し申し訳なさを感じるレイピアだったが、予想以上に食い気味で協力してきたタイムに面食らいそれも一瞬で忘れる。
胃がぐらりと振り回されたかと思ったらあっという間にタイムに担がれる格好になっており、タイムはかなりテキパキと銀カードを取り出してボードに変える。
周りが驚きどよめき始めたのも無視しレイピアを担いだままさっさとボードに乗り込むと、きょとんとしているカウボーイハットの集団をよそにあっという間にその場を飛び去ってしまった。
そんなにあそこにいるのが嫌だったのだろうか。まぁ毎回あんな話をされていたら仕方ないかもしれないけれども。

「全くべたべた引っ付いて暑苦しいったらありゃしない」

そっちなのか、だから男と間違われてしまうのだ。

「これからどうするんですか? 地下牢に向かうんですか?」

「必要ない。あっちは平気だし、多分あいつら地下牢に向かうだろ」

あいつらとは多分カウボーイハットのことだろう、なんで少し馴れ馴れしくされた程度でそこまで嫌がるのだろうか。素直に嫌だと言えないのか。
だが勘のいいタイムが地下牢は平気だと言ったのでレイピアは少し安心した。ここに来てから危惧していなかったわけではないが、いざとなれば地下牢でもなんでも壊せば済むような気でいたのでそこまで心配していなかった。
戦いばかりで慣れてしまったせいだろうか、思考が少し攻撃的になってきたようだ。なんとかしなければいけない。

「地下室じゃないなら今どこに向かってるんですか?」

「適当。けどここ最近の幽霊騒動について調べようと思う」

幽霊騒動、確かに先程の話からタイムもすでに遭遇しているようだし追い払っているみたいだ。多分その時に知ってか知らずかカウボーイハットの人たちを助けあそこに連れていかれたのだろう。
最初に幽霊を撃退した時からずっと思っていたことだが、ジルニクォーツで普通に抵抗できるということは十中八九コロニーの種が関連しているはず。
幽霊自体がどうやって生まれどこからやってくるのか全く分かっていなかった上、誰も身近にいなかったためこの件に関しては後回しにしていたが、タイムの反応からしてどうやらアタリのようだ。

「適当って言ってましたけど、まさか目の前のあの部屋じゃないですよね」

「そのつもりだけど、なんだ知ってるのか」

しばらくして進む方向に違和感を覚えたレイピアがタイムの肩を叩いて確認する。
知ってるも何もこの学校に最初に来たときにキアラに耳にタコができるほど注意された。
どっしりとした大きな黒い木製の扉にピカピカに磨き上げられた表札。
はっきりと“校長室”の黒い太文字が重々しく押し当てられていた。





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