第八話


職員室に辿り着いたときには既に半壊状態だった。
スコーピウスの放つ光線が天井をかすめ、黒バイクの轟音がゴロゴロと雷のように響いている。
しかしさすがにこの学園の教師をやって来ただけのことはある。
教師たちも武装し、机でバリケードを築いて応戦していた。
爆発で吹き飛びバラバラになっている書類を手当たり次第に拾い読み、弾幕をかいくぐりながら職員室の奥へと進んでいく。

「おっしゃあ、8人目撃破!」

「おいおいまだ8人だって、こちとらもう17人吹き飛ばしたぜ?
 ダブルスコアじゃ俺の圧勝じゃないですかねェ?」

爆音が鳴り響く少し離れたところからカウボーイハットとスコーピウスの会話が流れてきた。
少し前を歩いていたタイムがその会話を聞いて不機嫌に何かブツブツ呟いている様子が見える。
爆風で巻き上げられた書類を器用に捕まえて目を通しながら騒ぎに巻き込まれまいと職員室の奥に進んでいくが、あまり役に立つ情報が見当たらない。
職員室の半分ほどまで進んだところで、タイムが唐突に嫌な予感がすると持っていた銃をキアラの方に放り投げた。
幽霊から最低限自衛するためだが、キアラが銃をなんとか落とさずにキャッチすると、どうやら思ったより重かったらしく顔を歪めてぶら下げる。
重圧に耐えながら銃のあちこちを観察していたキアラが率直に口を開いた。

「弾を込める必要ないのねこれ。どういう仕組みになってんの?」

「つくりについては知らん。あのイカレ科学者に聞いてくれ」

絶賛スコーピウス製でした。
どうせあの人の事だ、攻撃面には秀でているだろうが安全面については何も考えていないだろう。
キアラもそう思ったらしく少し不安そうな顔をみせ、しかし他に武器もないので諦めて先を行くタイムの後に続いた。

しばらくしてタイムが静止して物陰に隠れるように合図してきた。
指示に従い机の陰に隠れてそっと様子を伺うと、少し遠いところを幽霊が1体スルスルと移動していく。
そのままやり過ごし、ホッと胸をなでおろすものの、他にもいたのかスコーピウスたちがいた方向から悲鳴が上がった。
窓の方に目をやると日はとっくに傾いており、地平線を宝石のように輝きながら少しずつ沈んでいく姿が見えた。
タイムリミットだ。

「おい、変じゃないか? 職員室には入ってこないって聞いたんだが」

身をかがめて様子を見ていたタイムが訝しげに話すのを聞いた。
スコーピウスが自家発電機を壊したせいで、職員室ももう照明はつかないようになっていた。
少しずつ薄暗くなっていき、互いの顔がやっと視認できるほどの明るさだと、幽霊相手ではかなり不利な状況になる。
ジルニクォーツに明かりをともして周りを見えるように出来るだろうが、それだと相手にも居場所がばれてしまうだろう。
どうしたものかと考えていたレイピアのすぐ横から、確かにその通りだけどとキアラの呟く声が聞こえた。

「もう、資料もろくにないし考えてたって埒が明かないわ! こうなったら奥の手よ」

キアラがとうとう痺れを切らしたようだ。
丁度ランプのようなものを手にしてすぐ近くまで逃げてきた教師らしい人影の方から、鈍器で殴ったような鈍い音に誰かが倒れる音、ガチャリと銃を突きつける音が聞こえた。
少し戸惑いタイムの方に目を向けるが、教師が落としたランプを素早く拾って遠くに投げ捨てた後は物音ひとつ立てずに動こうとしなかったのでキアラに任せることにした。

「ちょっと、幽霊は職員室に入ってこないんじゃないの? そもそもなんで幽霊は教職員を襲わないのよ!」

どうやら武器を持っていなかったらしく、ヒュッと風を小さく切るような悲鳴が聞こえた。
職員室襲撃と幽霊に追われたショックからか、その教師はキアラの激しい口調に観念した様子で口を開く。

「詳しいことについては我々も何も知らないんだ。上に従わなければ襲うと脅されていたんだから。
 言われるがまま、夜間にうろついたり、成績や素行が悪い生徒を襲わせていたさ、
 でも何が悪いんだ! 私以外の教師もみんなやっていたし、襲われた生徒は全部自分の起こした自業自得じゃないか!!
 私は何も悪くない、そうだ何も悪くないんだ、幽霊に襲われるはずないじゃないか…」

弱々しく話す教師の弁明めいた言葉は、話を聞いていたキアラを逆上させるには十分だっただろう。
今ここで暴れても幽霊の標的になるだけだ、そう察してレイピアは爆発しそうになっていたキアラを暗闇の中手さぐりでなんとか教師から引き剥がして押しとどめる。
離された教師はあわあわ言いながらそのまま職員室の奥の方へと走り去っていった。

「なぁ、ちょっと今の話引っかかるんだが」

3回ほど教師と間違われてぶたれた後、いつの間にか真横に移動して静観していたタイムの声が聞こえた。

「むかつく教師どもの事かしら? あんな奴らの保身のためにこっちは今まで散々な目に…」

「いやそうじゃない。今の奴の話から察するに、幽霊の件は教師にも知れ渡っていたんだろ?
 なのに、あのおっさんはなんで知らない様子で話してたんだ」

タイムの言葉に身を震わせていたキアラも怒りを忘れて大人しくなった。
あのおっさんって誰の事だろう、とレイピアは記憶を手繰っていく。幽霊の存在を知っている筈なのに知らないふりをしていた男。
上の教師の命令で動いていたのなら、知らない教師は逆にいないはずだ。それなのに知らないそぶりを見せた男。
教師をすべて知っていたわけでもないレイピアだが、ここ数時間起こったことを考えたときすぐにピンときた。

「それって校長先生のことですか?」

「校長!? ちょっと待ってよどういうこと?」

「いやその、ついさっき校長室に侵入したんですけど」

目が見えないせいでかなり強い力で首に掴みかかってきたキアラにしどろもどろになりながらも校長室での一件を説明する。
口に出して説明しながら、レイピアもタイムが指摘したおかしなことについて考えてみた。
あの様子から察するに嘘をついているようには見えなかったし、かといって教師を従わせる程の上層部となると、校長以外に思いつかなかった。

「わからないわ。
 確かに校長ならこんなことやりかねないけれど、わざわざ秘密にしておく利点があるかしら?
 生徒を自分の思い通りに服従させたいなら、力を誇示する方が効果的だと思うんだけど」

確かにとレイピアが頷こうとした時、キアラの背後から一回り大きな幽霊が淡く光りながらぬっと這い出した。
慌ててうっすらと見えたキアラの手をつかみ強引に引っ張ると、幽霊がキアラに向かって伸ばした手が空をかいた。
引っ張られ一瞬悲鳴を上げたキアラだが、すぐさま体勢を立て直してタイムの銃を幽霊に向けて発砲した。
銃口からは銃弾ではなくまるでレーザー光線のようなものが飛び出し、途中で花が咲いたように幾重にも別れて爆発音とともに幽霊に直撃し、幽霊は煙のように霧散した。

「あー、大丈夫か?」

予想以上に銃撃の反動が大きかったため、キアラはレイピアも巻き込んで銃口と反対方向に2、3メートルほど吹き飛ばされてうめき声をあげる。
腕が痺れただのなんでこんなの平気で使えているのと愚痴をこぼしながら立ち上がるキアラとレイピアをタイムは頭を掻きながら申し訳なさそうに見ていた。

「ここにいてももう幽霊に襲われるだけですし、もう一度調べます? 校長室」

後でとっちめてやるというキアラの悪態を無視してタイムに提案する。
タイムは短く答え、キアラもそれに賛成するように首を縦に振った。

「校長室ならこの職員室からも繋がっているわ、この先にある扉からよ」

流石に見えない中先に進もうとするのは危険だ。
レイピアはジルニクォーツを取り出して、幽霊に気付かれないよう、やっと足元が見える程度の光を灯した。
あちこちに漂っている幽霊に気付かれないようにしながらキアラに指示された扉にそっと近づいて、タイムがまた慣れた手つきでそっと開き3人は中に入り込んだ。

中はシオンの時と同じように、幽霊がゆっくりと部屋の中心を取り囲むようにして渦巻き漂っていた。
しかしその数は尋常ではなく先程訪れたときに見えた資料や本の山がほとんど見えなくなるほど埋め尽くされ、幻想的でなおかつ不気味に雰囲気を醸し出していた。
一応警戒してジルニクォーツを握りしめるが、周りの幽霊は今のところ特別襲ってくる様子でもなくただただゆっくりと浮遊しているばかり。
そっと幽霊から目を離して部屋の様子を見渡すと、校長席の丁度手前、部屋の中心部だけが異常に青白く光り輝いていることに気が付く。
その青白い光からは炎から煙が立ち昇るようにゆっくりと幽霊が一体、二体と湧き出ている。霞のように渦巻く光に目を凝らしてみると、卵大の石が光り輝いていることに気が付いた。

種のカケラだ。

眩しさに目をくらませながら、そこまで見てレイピアは事態の異常さに気が付いた。
今まで種のカケラは使える人間の意志によって自由自在に動かされていたが、今目の前にいる校長は、頭が不自然な方向にだらんと垂れ下がり、口がだらしなく開いたままで、種のカケラに手をついたまま座り込んでいる。

どう見たって意識があるようには見えない。

なにがどうなっているのかレイピアが考える暇もなく、校長の体から黒い靄のようなものが立ち昇り、ゆらりと渦巻いて人の形を取り始めた。
黒い靄の中から手が、頭が、忘れようもしないあいつの顔が―――

「なんだ、また君達か。」

自分の手で殺したはずのその男は、薄ら笑いを浮かべながらゆっくりとこちらに視線を投げる。

ブラデス=オリバデスの黄色い瞳が3人を見下していた。





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