第二話



かなりややこしいことになった。低学年たちの喜々とした視線を浴びながら、レイピアは今からどうなるか考えていた。

どうやら今まで幽霊を倒せた人間はいなかったらしい。レイピアが幽霊を倒してキアラを助けたのは善意のためだったが、低学年リーダーであるキアラを幽霊から救ったのは少し軽率だったかもしれない。

「で、あんた。なんで今まで幽霊を倒せること黙ってたの?」

キアラが笑顔で聞いてくるが、なんとなくその笑顔が逆に怖い気がした。椅子に縛りつけられて指を突き付けられているという状況も含めてだが。
正直幽霊を倒したのはこれが最初ではなかった。今までもタイム達を探すために、サイレンが鳴った後も学校捜索する度に幽霊に出くわしていたからだ。
最初に会ったときにジルニクォーツで普通に倒せることを知ったのだが、キアラ達に高学年に当たる二人を探すためと言えば、すぐに鉛筆銃で蜂の巣にされるだろう。
ジルニクォーツで防ぐこともできるだろうけど、無駄な争いはできるだけ避けたい。何よりキアラには勉強を手伝ってもらった恩もあるのだから。

「言ったって信じてくれないでしょう」

「ま、まぁ言われただけじゃ信じなかっただろうけど、目の前で見たことだしってそんなことはどうでもいいの!」

誤魔化そうかと敢えて本音を言ってみるが効かなかった。
話に乗るような動きをしたかと思ったら突っ込むように両手を下に振り下ろすキアラ。

「あんなすごいことができるのに今の今まで黙ってたことにわたしは腹を立ててるの! 友達になれたと思ったのに裏切られた気分だわ!ってだからそうじゃなくて、
 あれは一体どうやってやったの? わたしたちでも幽霊はどうすることも出来なかったのに、あんたまともな勉強もできないのにどうやってやったのよ?」

キアラから友達というフレーズが聞こえて、なんだか少し嬉しいような恥ずかしいような気分になったため、最後の馬鹿にしたようなセリフは聞かなかったことにしよう。
しかしレイピア自身もジルニクォーツの仕組みはよくわからないので、幽霊を倒せたことに関しては説明できない。しかしそれをキアラ達に話したところで多分納得なんてしてくれない。
この質問にどう答えていいやら、レイピアが答えを出そうと四苦八苦していたが、キアラが痺れを切らして吐き捨てた。

「もういいわよ、あんた自身もなんで倒せるのかについてはわかってないのね!
 そのことについてはわかり次第聞くとして、これからはあんたにも戦闘に参加してもらうわよ!」

「えぇっ!?」

「当たり前じゃない、武器をつくれないからあんたは除外されてたのよ? 戦えると分かったからには参加するのは当然のことでしょう!!」

文句があるなら言って御覧なさい、とばかりにキッと睨みつけられ、レイピアは同意するより他なかった。


そして本日最初の休憩時間、レイピアはジルニクォーツを使って鉛筆弾を撥ね退けてあっという間に高学年軍を蹴散らしてしまったのだ。
キアラにギラギラと睨みつけられ、仕方なしに星で作った手で数人の高学年生徒を教室から摘み出しただけなのだが、これには低学年も高学年も驚きの声を上げる。
武器も効かず、今までに見たことのない攻撃方法に高学年は怯えて一斉に退却していき、今回の戦いについては大勝利とも言える状態。
レイピアがこれでよかったのかと考える間も与えず気が付けば低学年の群衆に囲まれ何がなんだかわからなくなっていた。

「やるじゃないあんた、見直したわ!」

キアラの声が真後ろから聞こえて突然背中にガツンと重い一発を喰らう。絶対必要以上に強く殴ってる、背中のじんじんする痛みに耐えながら思うレイピア。

「この調子ならあの放課後攻撃を実行に移せそうね」

「えぇ、まだやるんですか?」

レイピアの否定的な声など聞こえないかのようにキアラはスタスタと先を歩いてクラスメートと戦術を話し出す。
タイム達を探す時間がまた減っていく。でもどうせ拒否権なんてないのだろう、腹をくくるしかない。

放課後、いつものように勉強を手伝ってもらう、という振りをして戦いについての話を聞く。
話と言っても最近低学年寮の近くをうろついている高学年の集団に特攻していくだけらしい。
重い足取りで指示された場所に攻撃を仕掛けに行くが、そこには高学年どころか人っ子一人見かけなかった。
今日はたまたま来ていないのだろうか、とりあえずキアラのところに戻ってみる。

「いつもは1クラス分がたむろしてるのに、おかしいわね」

レイピアの話を聞いたキアラはクラスメートたちと一緒に首をかしげる。周りを低学年の一人が機械製双眼鏡のようなもので見回すが、なにも見当たらないという。
きっと移動したのだろうと思ったレイピアが、キアラ達が諦めて今日はやめようと言うのを待とうと思っていた時だ。

「ロビンに、わたしのロビンに……」

声に気付いてレイピアが振り向くと、ピンクのふわふわしたワンピースにこれまたピンクのふわふわしたショートボブ、一部の長い髪をくくっているリボンには大きなドクロが付いた、可愛らしい年上の女の子が俯いて立っていた。


「許さない、許さない、許さない、許さない!!」


キアラに伝えるより先にその少女が俯いたまま尋常じゃないスピードで走り出してレイピアの目の前まで迫り、華麗な動きで(袖が長すぎて手が出てない)腕と思われるものがレイピアの頭に降りかかった。
レイピアは慌てて星でバリアを張ってそれを防ぐが、少女は別の場所に連続で攻撃を仕掛け、バリアを大きく張ってなんとかそれも防ぐ。
キアラ達が気付いて銃口を少女に向け引き金を引くが、少女は連続跳びでそれを避けつつ後ろに下がって距離を取る。
帰宅のサイレンが鳴って周りの明かりがパッと消え、レイピアの張ったバリアの星だけが周りに淡い光を放つ。
少女がゆっくりと顔を上げ、ギラリと赤く光る瞳を向け、激しい表情で叫んだ。


邪魔しないでえええええぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええっ!!


少女の周りから湧くように大量の幽霊がぬっと現れ、空中高く浮いたかと思うと、弾丸のような速さで大量に降り注いだ。
キアラ達の前に出て大きく声を張り上げて、最大限の力で今までで一番の大きさのバリアを張り、そのバリアからも星を放出して攻撃する。
ある程度の数は撃ち落とせるが、それでも数が多すぎてバリアの前に消えきれない幽霊少しずつ溜まっていき、ビシビシとヒビが入り始める
このままでは割れてしまうと思った瞬間、幽霊が一斉にちり切りになって、さっきの少女が現れて、強烈な一撃でバリアが割れてそのままレイピアの肩を直撃した。
鈍器で殴られたかのような重い衝撃、うっと声を上げて意識が飛びかけなんとか堪えてるが、体勢を立て直す前に幽霊にとりかこまれてしまう。

「殺しちゃダメってロビンに言われてるの。だから殺さない。でもただで済ませる気はないわ」

少女の目が赤く怪しく光ってギラギラと輝き、幽霊がそれに従うようにじりじりとその輪を縮めてくる。
これは状況的に逃げたほうがいい。レイピアはとっさにそう思って両手で小さな丸を作ると、星が集まって広がりレイピアたちを包んで大きな球体となる。
驚いて声を上げているキアラ達を無視して両手を上げると、レイピア達を包んだまま星の球体は上昇し、弾丸のように降り注ぐ幽霊の間をかいくぐってその場から一目散に逃げだした。

「そこ右に曲がって!」

肩に手を当ててきたキアラの指示通りに急カーブして右に曲がり、窓ガラスを突き破りその衝撃で星の球体がフッと消えた。
割った窓は低学年寮のリビングで、割れた窓から入ってきたレイピア達に驚き悲鳴を上げている生徒をよそに、レイピアは絨毯の上を転がり、机に上下逆さまにぶつかって停止する。
涙目になりながらも回転してクラクラする頭を振ってなんとか立ち上がって振り向くと、幽霊は窓の外側で迷うようにうろうろした挙句、回れ右して退散していった。
少し不思議に思いながらもキアラがソファの下に挟まった足を引っ張りだすのを近寄って助ける。

「理由はわからないけど幽霊は寮の中に入ってこないの。さっきのも高学年だから校則上ここには入って来れないわ」

そのまま疲れた様子でソファにどさりと腰を下ろしたキアラが、周りのヒソヒソ声も気にせず話す。他の戦闘員も寮についた途端武器を投げ捨てくつろぎ始める。
肘掛けに肘をついてキアラがイライラした様子で足を組む。悩んだ末、レイピアはその向かい側のソファに腰を下ろすが、思ったよりフカフカでかなり沈んだ。

「にしても高学年のやつら、やってくれるじゃない。あいつが夜な夜な低学年を襲っていた犯人って訳ね」

「さっきの人、知ってるんですか?」

「知ってるも何も高学年をまとめてる二人組の一人よ、あいつ。前々から気が触れたやつだとは思ってたけど、まさか幽霊使って低学年襲うほどだなんて」

ぎりぎりと歯ぎしりしてる様子からかなり悔しかったようで、もちろんこのまま黙って済ませる気もないらしい。
キアラは勢いよくソファの上に立って大声で明日の復讐を叫び、周りの低学年たちから一斉に歓喜の声を集める。
きっとまた巻き込まれるだろうけれど、やめるように説得することも諦めたレイピアは、そんなキアラの様子をため息交じりに眺めるしかなかった。





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