第三話


これまでの校内での戦いでは、昼休みの攻撃はタブーだという暗黙のルールがあった。
生徒が食事をする食堂は学年統一で、互いに昼食に集中するために自然とそうなっていったのだ。

だが先日の少女の攻撃でかなり頭にきたキアラは、昼休みに低学年全員で食堂にいる高学年を襲撃するという大胆な計画を打ち立てた。
攻撃される心配がないと油断している丸腰の高学年の隙を突くことと、昼日中で幽霊が現れないためでもある。
もしこれが成功すれば先日の復讐ばかりでなく、食堂から追い立てられた高学年はその後昼食を食べることができなくなり、放課後の戦いにも支障が出るが、負ければ逆に低学年がそうなる。
つまり実質的にこの高低学年の戦争に終止符を打つことができるので、低学年全員が今回の作戦にかなり意気込んでいるのだ。
彼らはどうしてこうも戦うことに生き生きとしているのだろうかと、昼休みのチャイムを聞きながらレイピアは首をかしげた。

低学年全員いつも通りに振る舞いバラバラと食堂に向かう。高学年に交じって和気あいあいと配布される昼食をもらい、席について食べ始める。
レイピアもトレーを受け取り席についてなるべく普通に振る舞おうとするが、どうにもこれからのことを考えるとそわそわして仕方がない。
本音を言えばこんな攻撃自体が騙し討ちのようでレイピアからしてみれば不本意なわけだが、そんなことを言ったところで止めるにはもう手遅れだ。
これからのことを考え不安になり大きなため息をつくレイピアの姿を見てイラついたのか、隣に座ったキアラが机の下からレイピアの足に軽く蹴りを入れ、レイピアは急所の一つである脛への的確な苦痛に呻いた。

「情けないわね、一昨日あたしのこと助けてくれたヒーローさんはどこ行っちゃったのかしら」

キアラはそう言って昼食の乗ったトレーをコトンと机に置きながらまた溜め息をつく。
レイピアからすればヒーローと呼ばれるほど凄いことをしたつもりはなかったが、それでも彼女を助けたことに変わりはないのだ。
そういえば、とレイピアは思う。昨日一昨日と連続で助けたのに、彼女からはありがとうの一言もない。
疑問に思ってキアラの方を向くが、目が合ったと思ったら顔を背けられた。若干耳まで赤かったがそこまで怒っていたのだろうか。
トレーの上の皿にある乗っているサラダを見事によけてパンをちぎり、むしゃむしゃと顔を背けたまま食べるキアラを見て、レイピアは今聞くのはやめておこうと思った。

サラダにまず手を付けながらレイピアは周りをぐるりと見渡す。わいわい言いながらふざけあっている男子に、きゃあきゃあと黄色い声で会話している女子。
高学年と低学年がそれぞれに座る場所は大体決まっており、それぞれでかたまって食事を楽しんでいる。いつも低学年に向けてくるようなギラギラした殺気も感じられず、これから攻撃されることも知らずに無警戒に。
ふと高学年のグループに目を走らせていると、昨日幽霊を使って襲ってきた少女が食堂の隅の方にいるのが目に入った。
後ろ姿なのでよくわからなかったが、高学年と思われる少年の肩に頭をもたれかけている。だが学校の生徒全員が入るため満席になるその食堂で、彼らの周りの席だけが距離を置くようにすべて空いている。
そればかりでなく、そばに座っている高学年と思われる他の生徒たちはみな、遠いところに座っているレイピアからでもはっきりわかるほどビクついている。
様子を見るのに夢中になっていたので、トレーに乗っているサラダ、パン、スクランブルエッグ、ベーコンが全部無くなっていることに気付かずに伸ばしたレイピアの手をキアラがスパンとひっぱたいた。

やがて、低学年がトレーを戻して食堂から退室し始める。普段から食べるのが早い低学年は、食事をゆっくりと楽しんでいる高学年より先に食堂を退出していたので、特に不審には思われない。
低学年の一人がドアノブに触れ、出入り口にキアラを中心に素早い動きで陣を組み、一斉に攻撃を開始した。

突然の攻撃にパニックに陥る高学年。出入り口を塞いだため逃げる場所もなく、なんとか机でバリケードを張る。
だが椅子や食器など、武器を作る材料は十二分にあるのに、高学年は武器を用意することもなく机の裏側に隠れ続け、ただガタガタと震えている。
今まで普通に低学年に攻撃してきた高学年が怯えている。何だか様子がおかしいと思ったレイピアだが、原因はすぐに分かった。

「ロビンとの、ロビンとの食事が、二人っきりで食べられる空間が、ぁ、う、
 ぅぅううううううあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!

レイピアの真横を一陣の風が通り抜けたと思うと、真後ろで陣を組んでいた低学年たちが無様にぱっと宙を舞う。
一斉に悲鳴を上げたと思ったら全員見えない何かに地面に叩き付けられ、衝撃で武器が陶器のようにあっさり砕け散った。
そして風を切るような音とともに昨日の少女が現れ、レイピアが星を出す間も与えず倒れているキアラに向かって奇声を発したまま手を振りおろす。

「シオン、ストップストップ!!」

一声とともに少女の手がキアラの顔に当たるギリギリで止まる。慌てた顔をした一人の年上、おそらく先程少女のそばにいた少年が傍に走り寄ってきた。

「ありがとうシオン、邪魔されたことで怒ってたのにちゃんと俺の言うこと聞いてくれて」

そう言うと青年は少女をがっしりと抱擁し、シオンと呼ばれた少女の方は顔を赤らめながらもそれにこたえる。
そして青年は少女、シオンの肩に腕を回したまま低学年たちに視線を向ける。
キツネ目にシルバーブロンドのツンツンしたオールバック、制服を似合うように崩した、軽い感じの青年だった。

「もちろん俺も怒ってるよ、せっかくの二人っきりの食事を邪魔されたし。
 でもシオンがこんな奴らのためにわざわざ手を下す必要はないよ。先生たちに引き渡せばいい」

シオンのでもという言葉を押しのけて青年は続ける。

「食堂を荒らしたのはこいつらだよ。先生たちだって食堂を荒らされたら黙っちゃいないさ。
 こいつらはよくて謹慎、先導した奴らは最低でも特別指導室行きだろうね」

特別指導室、その言葉を聞いた低学年たちが体を震わせたので、そこがいい場所でないことはレイピアでも容易に想像がつく。
キアラの方に目を向けると、武器を壊されシオンの傍で立つことも出来ず、ただただ真っ青な顔をして倒れていた。

「シオンが俺のためにこいつらを懲らしめようとしてくれたのはわかるよ。
 でもこいつらにやり返したらそれこそシオンがこいつらと同類になっちまう。俺にはそれが耐え切れないんだ」

「ロビン」

青年、ロビンとシオンは手を取り合って互いにしっかりと見つめあう。その周りになにやらピンク色のような異様な雰囲気が漂い始めた。

「わかったわ。ロビンの言う通り、こいつらは先生に引き渡す」

「ありがとうシオン、愛してるよ」

再び抱きしめあう二人の周りに沢山のバラが見えたような気がして、レイピアはなんだか居心地の悪さを感じる。
ロビンの指示で高学年の一人が先生を連れてくる為走り去ったのを待つ間、レイピアは倒れているキアラの傍にそっと近づいて引き起こした。

「勝手な真似してみなさい、そいつを最初に見せしめにしてやるわよ」

シオンがロビンと抱き合ったまま、唸るようにレイピアに言う。
全員武器を壊された上この状況では従うしかない。レイピアが本能的にそう思ったとき、先程の高学年が細長い眼鏡をかけた、いかにも規則に厳しそうな女性の先生を連れてきた。
先生は食堂の状態を確認するようにぐるりと見渡したあと、レイピアたちににっこりと笑いかけた。目だけは笑わず冷たいまま。

「話は全部聞きました。全員、先生の後をついてくるように。
 書類手続きを済ませてそのまま特別指導室へ向かいます」

その場にいた低学年が震え上がったが、先生にひと睨みされ大人しく後に従っていった。





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